10月5日。
ついにnakkoの子宮頸がんの手術が始まりました。
朝8時。早朝からのスタートでした。両家の家族が一同に集まりました。
病室には僕だけが入り、不安になっているnakkoをなだめて抱きしめて「元気に帰ってきてね。ちゃんと待ってるから。」そう言って精一杯の元気(空元気)で笑顔で送り出しました。nakkoの一番好きな看護師さんが当直明けで駆けつけてきてくれて抱きしめてくれました。
手術室には看護師さんと実習生が一緒に入って扉が閉まる最後の最後まで(そこまでしか見られませんでしたが、中でもずっと励ましてくれていたそうです。)声をかけ、身体をさすっていてくれていました。
朝早くからだったこと、緊張して寝不足だったこと、待合室の緊張から僕は自分の車に戻って駐車場で仮眠をとることにしました。
20分くらいした頃でしょうか、姉から1本の電話がかかってきました。
僕は悪い予感しかしませんでした。
その予感は当たってしまいました。
「nakkoの癌の進行がトラケレクトミーをするには想像以上に進んでいて、子宮全摘をしないといけない。」と。
ある程度覚悟はしていましたが、やはり辛くて車の中で大泣きしました。姉が降りてきてくれて車の中で少し話をして、「子供も欲しかったろうけどさ、今は、これから先はさ、nakkoがいなきゃなんの意味もないよね?」と言うような事を話しました。
僕は以前父を亡くした時に意識をなくす前、最後に声をかけられた唯一の人間でした。その日見舞いに行った僕は父の部屋の空調を温度を下げすぎてしまい、その翌日から父が管だらけになってしまった事から、ずっとずっと自責の念に駆られていました。
家族は「そんな訳ないでしょ」と言ってくれましたが、そう思えるまでには今も至っていません。
そんな過去があったため、僕が待合室から出てしまったからnakkoの容態は悪くなってしまったんだ…とまた自分を責めました。
また姉が「そんな訳ないでしょ!」と今度は強く言ってきました。
僕は待合室に戻り手術が終わるまでほとんどの場合(昼食を除き)缶詰していました。お守りも手汗でぐっしょりになるほど握りしめていました。
1時、2時…3時…ほかの患者さんの御家族が呼ばれていく中、nakkoは中々手術が終わらず、時間だけがどんどんと過ぎていきました。
さらに時間が過ぎて6時。ついに「nakko様の御家族の皆様…」と手術の終了を知らせるアナウンスが入ります。
実に10時間超。本当にnakkoはよく頑張ってくれました。
nakkoが出てくるまでの間、主治医の先生に摘出したい子宮とがん病巣部を見させて頂き説明を受けました。いつもなら血がトラウマになっている僕もしっかりと見届け、聞き届けました。
それからさらに数分後、ようやくnakkoが手術室から出てきました。
麻酔が切れてぼーっとしているnakko。目だけを必死に動かしながらみんなを探していました。僕は必死に涙をこらえて、「よく頑張ったね、おかえり」と声をかけました。
そこから更に数十分、病室を特別病棟に移す準備等を済ませたあと、僅かに面会を許されました。
家族全員で声をかけて、nakkoは小さく頷いていました。
僕は手術前に約束をしていました。「意識戻ってまず何してほしい?」と聞いたら「いいこいいこして欲しい。」と返ってきていた事を思い出し、nakkoに聞きました。
「何してほしいんだったか覚えてる?」
nakkoは細々とした声で
「いいこいいこ…」と答えました。
僕はさらに涙をこらえて、笑顔でnakkoの頭を撫で、時間が来てしまい病室をあとにしました。
本当はその日くらいそばにいたかったですが、完全看護なので出来ず…。
こうして長時間にわたるnakkoの子宮全摘手術は無事終わったのでした。
今回はこの辺で
opo