まぁ、よく言う小中学時代は優等生だったとか、
おうちのしつけが厳しかったとか、
そういう家庭で育てられた子供はまだまだ私は頑張れる
もっと頑張らなきゃって自分で自分を律したり鞭打ってるというのは
頭ではわかっていましたが、、、
自分もそうだっていうことに気づいたのは結構最近でした。
しかもかなり根深く。
もう、根深すぎてそれが両親に対する罪悪感に繋がっていたことにも気づけなかったくらい。
我が家は、特に勉強しろと言われることはありませんでしたが
テレビは朝も夜もNHKか時代劇、推薦図書を母親が図書館から借りてきてくれていたり
小学生新聞とか購買してたし、小学館のxxシリーズとかたくさん家にあったし
父親が読書が好きな人なので、週末に紀伊国屋に行くと必ず本を買ってもらってました。
でも、漫画はNGという(笑)
見たいテレビは毎週の予定表に書く(確か時間も決められてたかな)
お小遣い帳は毎月の残高計算して~とか
今思えば母親は"子育てはこうやればいいよ"という主婦の友とかの指南を
そのまま導入していたんだと思います。
行動力はあった母(笑)
インターネットもない時代にすごい情報収集力。
毎日習い事に通っていたし、ひと通りの習い事は経験したと思います。
何が言いたいかって、もうさ、家庭が無言で縛ってるわけですよ。
もちろん、両親同居の祖父母みんなDVとかなかったし、
むしろ、ちびまる子ちゃんのような家と例えられることも多かったけど
祖父が商いを営んでいたので、近所では気が抜けないし
お行儀のいい子dいなきゃいけない空気。
母と祖母の嫁姑の間の緩衝材的役目も負っていたし
妹の勉強しないという母の悩みの相談役になったり
中学受験の時に、父親に生きる意味を泣きながら聞いちゃうような子供でした。
母親が何かで階段で泣いてる時に、慰める前に離婚を勧めるような子供でもあった・・・。
家族のお出かけとか泣きわめいて拒否とか。(書いてて今思い出した・・・)
書いてるうちにどんどん記憶が蘇ってきたけど
私の幼少期って意外とハードだったかも?
なんだかんだで自分でお金を貯めて海外へ留学して、やっと自分の人生を歩み始めたと感じました。
(留学することになった経緯は導かれたとしか思えない出来事がありました)
だからかな。
自分の人生を歩むには自分で自由になるお金が必要で
誰かの紐つきのお金は受け取りたくないし
金の切れ目が縁の切れ目とか
もういろいろ。
、、、と書いていて、今閃いたよ。
願望をストレートに叶えるために↑この辺をクリーニングしよう!