5 穴を落ちた先には
もう天井に叩き付けられる寸前だ。彩里水はギュッと目を閉じた。すると天井まで数mのところで急に体重が全て無くなったかのようにフワッと浮かぶ感覚になる。フワフワ浮かびながら再び180度上下に回転した彩里水はフワリフワリとゆっくり足下から着地した。と、足が床(さっきまで天井だと思っていたが今は床)に着いたと同時に、まるで体重が戻ってきたかのようにグンと自分の身体が重くなり、思わずその場にドサッと尻餅を着く。
「いたたたた・・・。」
キイ。
尻餅を着いたままキイっと音が鳴る方を見ると、白ウサギが扉から出て行くところだった。慌てて彩里水は白ウサギを追いかける。
「あ、待ってって!白ウサギさん!」
扉がパタンと音を立てて閉じるとその前に立った彩里水は固まった。
――え?今、ここ通ったよね?
白ウサギが通ったはずの扉はとても小さい。小型犬1匹通れるかどうかというサイズの扉だ。扉にはとても小さいがノブが着いている。開けようと彩里水は屈んでノブをギュウと握って回す。
「痛い!」
――え?
どこかから突然声がして、思わずノブから手を離す。辺りを見回すが人がいる気配はない。気のせいかと思い直しもう一度ノブに手をかける。
「あー、ギュッと握らないで。それから捻らないで。」
――やっぱり声がする。ドアノブの方から。
彩里水が恐る恐るドアノブを見るとドアノブには顔があり鍵穴をモゴモゴ動かし喋っている。
「ひえ!」
彩里水は思わずドアノブから手を離し、またしても尻餅を着く。
「別に私を捻らないでも鍵さえ開ければここは空きますよ。さ、通りたければ鍵を入れてください。」
そう言ってドアノブは口をあんぐりと開ける。どうしてドアノブが喋るのかはともかく、彩里水は出て行ってしまった白ウサギを一刻も早く追いかけたかったのでドアノブに尋ねた。
「鍵?鍵ってどれ?どこにあるの?」
ドアノブは口をあんぐりと開けたまま目線を上に向ける。彩里水が目線の方を見るとどこからともなくテーブルが飛んできて逆さまになった状態のまま彩里水の上空3,4m上に浮いている。その逆さまになったテーブルの上に鍵が張り付いている。上下逆さまから見ればテーブルの上に鍵が置いてあるかのように。彩里水がここへ頭から落ちてきた時は彩里水も同じ向きだったが、着地の3,4m手前で彩里水はグルンと回転したので、この天井のような床に立って落ちてきたはずの穴を見上げると、壁の本やそのほかのものも全部落ちてきたときのまま上下逆さまだ。そこに在るテーブルと鍵も上下逆さまになっていることが当然で、彩里水こそこの世界から見たらおかしいのだとでも言いたげにそこに当たり前のように逆さまにあった。彩里水のいる場所からはジャンプをしても決して届かないような高さだ。
「え?あれが鍵?どうやって取るの?」
口をあんぐりと開けたまま、もうドアノブは目を閉じて動かなくなってしまった。
彩里水はひとまずジャンプしてみたものの当然、全く届かない。
ただ、ジャンプは普通にできるし、身体が逆さまになったり重力がなくなったりするわけでもないようだ。
他にも出口は無いものかと探してみたが、この小さな扉以外は出入り口などなさそうだ。それにこの扉を開けたって、小型犬が1匹通れる程度の大きさでは、彩里水は通れない。
帰ろうにもジャンプをしても元来た穴に落ちる気配もないし、帰り方も前への進み方もわからず彩里水はだんだん怖くなってきていた。
「すいませーん!誰かいませんか?」
彩里水は何度か叫んでみたが、反応は全くない。
――どうしよう?ここどこ?白ウサギなんか追いかけてくるんじゃなかった。どうやってこの場所から出ればいいんだろう?
つづく