伊勢神宮内宮
天照大神
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人の世と
逆を行くのは簡単なことでは
ないでしょう
しかし人の世というのは
この幻想の中に
作られており
この世に習っていては
進む道はいつのまにか
曲がっており
来た方法へ
戻って行くものなのです。
常に人の習いが自分の思考に混じっているか
確認しながら
純粋な方向へ進むことなのです
お金を出して楽をしようとしても
逆に道に迷うだけなのです。
人が言う言葉に
インスピレーションとして
反応はしても
そちらへ持って行かれる
必要はないのです。
人は常に
他の人のエネルギーを欲して
生きるものです。
このループに掛からない
自分のみとの対話の中で
あなたは本物を見つけるでしょう。
人からの
承認要求を探すと
自分から自分のエネルギーを
差し出していることになるのです。
人間同士では
エネルギーは交換条件です
必ず対価があるものです
このループにハマると
人のために
技術を習得するようになります。
差し出すものが有れば
より良いエネルギーを
受け取れるからです。
このループの中で
人はだんだんエネルギーを失い
無感動無関心に
陥っていくのです。
至高の境地に
至りたかったら、
まずはこの駆け引きの
ゲームから足を洗い
この駆け引きの中でしか
存続しない部分の自分を
洗い流すのです。
残った自分は
人の間のやりとりで成立する必要のないものです
独立した
駆け引きで使用されない部分の自分となるのです
駆け引きで使用されない為
失うことのないエネルギーです。
こう考えると
この独立したエネルギーは
自分の中に多く眠っているように
感じるのでは無いでしょうか。
人とのやり取り
自分とのやりとりで使用しない
ただ存在するために有るエネルギー
これを真我とも呼ぶのです。
こう説明すると
探す必要の無い
既にみんな持っている
エネルギーと思いませんか?
真我とは
それほど簡単で
身近にあるものなのです。
人と人の間で発生するエネルギー
これと存在するためだけのエネルギーは、
お互い干渉することがありません。
しかし人と人の間に
発生するエネルギーにフォーカスすると
自分の存在を簡単に
失うでしょう。
人と人の間のエネルギーは
とても説得力があり
ここへ惹きつけられることを
阻止することが
難しいのです。
しかし人は1人で
生きていけません。
自分の存在エネルギーを
強く持つことで
次第にここへ心が囚われることも
少なくなるでしょう。
常に自分の真我と
対話をするのです。
対話の中で
このエネルギーを大きく
現実味を持たせるのです。
真我とすれ違うだけでは
人間同士のエネルギーが
世の中へと引き戻すでしょう。
しかし自分が存在する
そのことに確信を持てば持つほど
誰も奪えない
真我のエネルギーが発動するのです。
誰も奪えない
真我のエネルギーで
自分を包むのです。
真我のエネルギーに
アクセスするのが難しいと
探し回る必要はありません。
瞑想の一番奥にあるのではないのです。
それは今ここに
こんな気軽な形で
存在しているものなのです。
環境に左右されず
誰にも奪われず
常に存在するだけの目的で
存在するエネルギーです。
どうか気づいてください。
探し回らず
全て気を抜いたところにある
このエネルギーに
人との間に発生するエネルギーには
勉強してきたこと
経験、知識など
全てが当てはまるでしょう
所詮社会生活は
全て人の間の関係を気にして
育まれているものです。
相当強い説得力を
持つように思われますが
これも現象界に生きる上のことです。
あなたは自分の存在を
どのくらい信じているでしょうか。
現象界で信じているでしょうか
それとも根本のエネルギーの発生として
信じているでしょうか。
自分の始まりが何処であるか
これにより
重要視するエネルギーが異なるでしょう。













