十和田神社
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青龍権現 熊野権現
装いを新たになさると良いでしょう。
目に見えるものにも神意を見
聞こえるものにも神意を聞くことで
その奥に存在する理由が全て
神に繋がっていることを知るでしょう。
全ての価値観を肯定し始めることで、
神意は大きく花開くでしょう。
肯定するとは道を作ることです。
多くの方向に道を作れば
神意はより大きく花開くものです。
この道もありだと肯定し
その奥に存在する神意を見ることです。
良いとか悪いとかよりも、
判断する前の意識に眠る
深い神意を見つめてください。
良いとか悪いとか判断する前の
大きく広がる意識でいてください。
そこは無限に自由で
制限が無い意識でしょう。
神意とは自分の本当の気持ち
ということでもあります。
なので自分の気持ちというのは
背向いては上手く運びません。
自分を表現するとは
神意を表現することでもあります。
より本当の自分であることで、
光を受け取るキャパシティが広がって行きます。
色んなものを
捨てる段階に来ているでしょう。
色んなものを捨てていくことで、
神意が見えてくるのです。
期待や欲望など
広がりの反対である
狭まりの意識は自分を刃物のように
痛めつけるでしょう。
全ての存在を認めて肯定することで、
自分は広がり
無限の可能性を手に入れるのです。
全てを肯定するか
全てに期待を入れるかは
手に持つものが
魔法の杖か刃物か
くらい差があります。
魔法の杖を持っていれば
周りはどの様にでも
何度でも瞬時に変化しますよ。
肯定という
判断より奥にある
次元の意識と繋がるのです。
判断しないという
付け焼き刃の方法ではなく、
判断の前の存在に
アクセスしましょう。
音楽というのも
その様な次元から溢れ出て
そして大海に繋がります。
判断の無い音楽というのは
聞いていて大変楽です。
自分が判断されるという
危機感から解放されるからです。
判断される
比べられる
そのような生きにくさから
解放しましょう。
そのルール上では、
価値観は変わっても
息が詰まる居心地の悪さに
変化はないでしょう。
変化する価値観によっては
自分に比較的有利な条件の場合、
生きにくさを感じづらくなる場合がありますが、
結局安心感安堵感はありません。





