結城神社
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菊理媛尊
見えているものは
結局全て幻想ですから、
執着しないことです。
何かが欲しい
こうなって欲しい
そんな希望を思う時
少し執着の波動が入っています。
幻想を現実だと
思い込んでいるため、
未来への希望があります。
希望など
本当は必要ありません。
現実は
既に美しい
現実は
全てを教えてくれている
今得られないことは
何もありません。
宇宙中の情報の引き出しは
目の前にあります。
叶わないことは
何もありません。
期待しないでください。
期待とは今ここにないから
未来に願いを投じることだから
今ここに無いものは
本当に有りません。
無いと思うものが多いほど、
幻想の中に生きています。
元々無いものを
あると認識し
更に他人にはあり
自分には無いという
分離の意識で
孤独を強調します。
悩みというのは
世界との分離を生み
幻想を色濃く色飾ります。
辛さというのは
感情でもって
幻想に説得力を与えます。
辛さは幻想です。
存在しません。
これからもずっと
存在しないでしょう。
感情は幻想の波です。
見えない波に
押し流されることはないでしょう。
思考は拙い梯子です。
あなた達は、梯子が無いと無限の闇に
落ちて呑まれてしまうと怖くなり
必死にしがみついています。
前が見えないから
周りが見えないから
怖くなるのは当たり前です。
目の前の梯子やロープに
必死でしがみついてしまうでしょう。
梯子やロープをノコギリで切る人は
嫌いでしょう。
その人を罵り
その行為をどうしても
止めさせたいですね。
その人は優しいから
その行為を止めるでしょう。
そしてあなたは
また永遠に
ロープを綱渡りしながら
器用に暗闇を移動して行くでしょう。
時々現れる
ロープを切ろうとする人を
罵りながら。
太いロープがあることを
「安定」
と呼びます。
紐のようなロープに
ぶら下がる人を
「助けが必要な可哀想な人」
と呼び
あの人と比べて私は恵まれている
と思います。
我々に
「どうか色とりどりのロープをください」
みんなのものより
綺麗で美しいものが嬉しいです。
とお願いに来ます。
私達にとって
ロープはロープです。
ロープから手を離した時
本当に我々との交流が始まります。
人生がスタートします。
手長猿のように
片手でロープを掴んだまま
我々を探しても
あなたがリーチ出来る範囲に
そんなに変わりはありません。
手の長さを伸ばす方法を
高いお金を払って
学んで見ますか?
我々の声を信じて
ぱっと手を離した瞬間
あなたは祝福を受け取ります。
もうロープを掴まなくていいから
肩凝りも無いですよ。
とても楽なものです。
ロープの手を離しましょう。
楽になりましょう。
全ては幻想です。
何もしない
を極めてみましょう。
「究極に何もしない」
そんな休日をお過ごしください。
私達は待っています。
真の仲間として
手を握りあうことを。
全ては神性で溢れています。
それに気がつく時
あなたは自然とロープの手を
離しているかもしれません。
安心感と信頼感を持って
自然と手の力を緩めることでしょう。
そこにあるのは
何も迷いのない
真実の光です。
難しいことでは
ありません。
今ここでさあ


