ハムレットはしなやかに舞う 



・・・僕が「生きている」ということを表現できるのは、舞台の上。そこだけだ。



どのような瞬間でも僕は、その役の中に自分自身をみつけて、

役として表現しているつもりでいる。



だから、役の僕に拍手をしてくれるということは、僕自身、僕の行き方に共感して拍手をしてくれてると思っている。



舞台に上がって初めて、僕は僕なんであって、二十五歳の藤間照薫を、

役者染五郎として、いつも100パーセント表現していたい。




市川染五郎さんの1999年の本より





、、、役になる、演じる、演じきるというものは


その人が→その役になる、なりきるというものだと思っていた。


途中までだけど本を読んでみて、自分の演じるという認識が


役に対して非常に一方的だという事に気づいた。





説明が苦手なので、図にてダウン



染五郎さん右矢印ある役 ではなくて、

染五郎さん左右矢印ある役

染五郎さん=ある役 





もっと役と対等、、、というか、イコールなのかな?


(お役という言葉にまだ慣れてません。どなたかに注意されたら直します。)




だから、舞台で竜馬が竜馬であり、染五郎さんであり、


そして竜馬以外の何者でもなかったのでしょうか?



染五郎さんは、竜馬に降りてきてくださいとお祈りしたそうですけど、


あれは竜馬でした。


(竜馬も染五郎さんの体を借りて染五郎さんを少しは演じたのかもしれません!?)




私達は、あの場所で魂が入った、生きる竜馬を見た。


そしてそれは同時に、染五郎さんの人生の中の一日の、


ある瞬間、瞬間を見ていたのだと思う。





前回同様、勝手に本の文章を引用してごめんなさい。


抜粋せずに自分の感じた全てを表現する方法を知らないのです。。。。







これ、夕方書いてたらPC落ちちゃったんです。

改めて、今更新します。


これは、Ⅲではないけれど、多少連続されることは

意味があると思っています。