「海の沈黙」に感じた違和感 | 80歳まで歌い続けたい!

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中年世代から始めた声楽にはまっています。小説を読んだり、たまに書いたりしています。

昨日のヨーガと筋トレで筋肉痛になりました。

昨日も、夜中も腹痛がして、お腹を壊したようです。クーラーの冷えでしょうね。

で、今日はヒッキーになって、ゆっくりしています。

 

午前中からAMAZONプライムで、映画「海の沈黙」を観ました。

間のすき間時間には、海外ドラマに嵌っています。テレビがあまりにもショーもないから。

NHKは、受信料を安くしてほしい、BSとか4Kとかいう割には、大した番組やっていない気がする。

「世界街歩き」「なんとかタクシー」とか。

プレミアムシアターでオペラを観れるのですが、夜中なんで録画になりますね。

プライムでは海外ドラマは観放題ですね。昔から大好きで、NHKで見ていました。

「デスパレートな妻たち」とか。「ツインピークス」とか。

 

今は「ミステリー・イン・パラダイス」に嵌って、少しずつ見ています。

大したことはないけど、イギリスBBCは、やはりロケも含めて、丁寧に作っている。

コマーシャルないし、一時間で完結も嬉しい。

 

さて「海の沈黙」ですが、役者は倉本聰の好みのラインナップ。

石坂浩二、本木雅弘、小泉今日子、中井貴一、仲村トオル、萩原聖人。

超久しぶりに見た、清水美砂。

ストーリーは、公式サイトから。

世界的な画家・田村修三の展覧会で作品のひとつが贋作だと判明する事件が起こる。事件の報道が加熱する中、北海道・小樽で女性の死体が発見される。このふたつの事件をつなぐ存在として浮かび上がったのが、新進気鋭の天才画家と称されながら、ある事件をきっかけに人びとの前から姿を消した津山竜次だった。かつての竜次の恋人で、現在は田村の妻である安奈は小樽へ向かい、二度と会うことはないと思っていた竜次と再会を果たすが……。

真の美を求め続ける竜次の思いが、安奈や、竜次に長年仕える謎めいたフィクサーのスイケン、贋作事件を追う美術鑑定の権威・清家、全身刺青の女・牡丹、竜次を慕うバーテンダーのアザミら、それぞれの人びとのドラマと交錯していく。

 

とても見応えのある映画だったし、役者の魅力は全開だったと思う。

スクリーンの役者さんたちも歳を重ねていて、そこに渋みが増していて凄味さえ感じた

 

モチーフはよくわかるんだよな。方や日本画壇の重鎮となった石坂浩二、かつては天才と言われつつ、極端な行動が原因となって、門下を追われ、忘れられた本木雅弘。たとえ贋作に手を染めたとしても、その才能は廃ることはない。

「美」は唯一のものである。

その主張もわかるのだが。

現実に石坂が、本木を追いやった所業が書かれていないので、そこまで断罪されるのがピンと来なかった。

むしろ、本木のしたことは「師匠のキャンバスの上に作品を描いた」「師匠の娘と恋仲であり、その背中に入れ墨を入れようとした」という明らかな、罪である。

まして、名作として有名な石坂の作品を、模写したうえに書き加えていた、その絵が鑑定人の目を潜り抜けて、美術展に出展される、となると。

その絵を観て、「これは私の絵ではない」と断定して、大騒ぎになるわけだが、この石坂の態度も潔い、「この時期に、私にはこんな描写は出来なかった」と。

 

師匠の娘、小泉は石坂と結婚している。

石坂は世俗に塗れた権威主義者かもしれないが、創作の苦しみはどちらも同じではないだろうか。

 

エキセントリックな芸術家としての、本木の姿は良く伝わったし。全身に入れ墨を入れた女とか―久しぶりの清水美砂ー良かった。

彼女を使って、海外の入れ墨愛好者から、お金を儲ける、など。本木に使えている中井の不気味さもあり。

まっとうな世界ではない。

そうでもしなければ、絵の社会から外された本木の生活は成り立たなかったという事なのだろうが。

そして、世間が認めなくても価値のあるもの「美」は「美」なのだという倉本のモチーフも伝わった。

音楽の世界もそうだけど、何らかの後ろ盾がないと、判断基準がないというか。

 

あえて書かせてもらえば、芸術家としての本木の苦しみ、創作の現場があまりにも大層で、死に物狂いに描かれていたこと。そこは、違和感を感じました。

「こんなにも、大変なんだ、死んでもいい。どうしてもあの色を追及するんだ!!」とやられると、

なんか、疲れました。

ストイックな人って、嫌いじゃないけど、疲れる。例えば○○鶴太郎を見てもそう思う。

水面下でやって欲しい。

 

今日は夕飯のあとで、歩いてきます。お昼はおかゆと煮物にしました。