昨日の記事は、なんだか言葉が足りていないですね。
「わからない」けど、想像はつくのです。
同じ表現の道を歩んでいるのだから。
文学も「毒」だし、芸術も魂を持って行かれる世界なんですね。
そういう所に関わった以上、身も心も葛藤に晒されて当然、自分の才能がいかほどのものか、
ずっと向き合わなければいけないのだから。
文学の場というのは、直接作者に書き手に会って、批評し合ったりすることは少ないのです。
教室や雑誌の場はありますが。
それと、小説や詩を書いている人は、それこそ陰キャですから。まともにやりあう、なんてことは思っていない。
一人で、ぐじぐじと、羨んだりやっかんだり、貶したりしているわけです。
だから、たまにに飲み会やパーティーで、酒が過ぎるといきなりすごい喧嘩になったりもしました。(過去です)
その点、音楽、特に歌の人は、陽キャなんでしょうね。
どうしても、表に出てしまう。いろんな感情が。
こういう世界で世に出たり、認められるのは一部の人たちだけですから、
いろんな葛藤や、戦いや、孤独を向き合うことなどなどのなかで、疲弊していく。
世間的に安定した収入を得て活動しているならまだしも、男性やシングルの女性はとても厳しい状況ですね。
それと、話は飛ぶけど、日本の音楽教育も負の要素なのでは~とも思います。
そもそも西洋音楽に対しては、コンプレックスから始まっているわけで。
それを埋めるには、模倣とか、権威主義とか、師弟の上下関係とか。そんなシステムでやるしかなくて。
音楽短大などは、二年で教職の資格を取る勉強をして、声楽などは週に一度あれば良くて、
授業は、ひたすらダメ出しで怒られてばかり。よくわからないうちに卒業したという話。
芸大の歌友さんは、試験のことばかり考えて、過ごした、自分が何を歌いたいのか、何が好きなのか、なんてわからない状態だった、と言ってました。
音楽の学校を出られた方を貶しているのではありません。
幼少期からピアノなどに親しんで、恵まれた環境で、そこは羨ましいです。
私も、自分の小説やお仕事の落としどころというか、そういうのを見つけるのに苦労しています。