グレートギャッツビーを読み終える。
二十代半ばの作だよなー。描写が繊細でよく観察されていて、冒頭はとくに詩的とでも
言いたい文章が続く。イメージが先行していて、時々わかりにくいところもあるが、素晴らしい文章だと思う。
前半の、これでもかというパーティーの絢爛豪華さに、ついていけないのは悲劇の予感がそこにあるからで。次の場面でも、読んでいてどうなるのか、はらはらする感じがつきまとう。
この不安定さが、フイッツジェラルドの持ち味かもしれない。
読み終えると、ギャツビーが不憫になる。唯一つの愛のために、自分を犠牲にしてしまった男。それに対して人をひき殺した罪から、ただ逃れていく女。
結局デイジーは上流階級のお嬢様だった。それだけ。
スノッブで大金持ちの夫のもとに留まる。
話者以外のどの人物も好きになれなかったけど心に刺さるものがある。
いろいろ理不尽な結末に、余韻が残り、考えさせられる作品。
20代でこれを書いたフイッツジェラルドは、ある意味天才に近いわ。
それで、過去に読んだ短編集とか、読み返そうと探してみたり。
もう一度彼の人生ー44歳でアルコール依存などで亡くなっているー。を辿ってみたり。
ミューズであり、夫と共にジャズエイジとして、時代の寵児になったゼルダは、
後年、精神疾患を患って療養所で暮らすことになった。
サガンの「私自身のための優しい回想」があったので読み返したりしていた。
すると劇作家のテネシーウイリアムズのことを、サガンが語っていて、そこに出てきた女流作家のカーソンマッカラーズについても知る。→悲惨だった。
テネシーウイリアムズもゲイで、晩年はアルコールと麻薬依存に苦しんだ。
劇作家としては、最高の作品を遺した人だと思う。
サガンも、ギャンブルと酒に狂ったし、スピード狂だったし、晩年は借金で破産して
知人の家に身を寄せていた。
やっぱり、作家になんかなる人は、悲惨な人生を歩むことになっているようだ。
実人生と折り合いをつけていける人、凡庸さを兼ねている人は別だけど。←私だ。
世界的に名の知れた作家となると。やはり実人生は厳しいようだ。
それと、アメリカというのもある。有名になる、財をなすと、たちまちハイエナのように
麻薬や酒だと、取り囲まれてしまうのだろう。
とびぬけた才能は、諸刃の剣。
日本のサラリーマン作家、ほどほど作家は安泰でしょうね。収入は知らんけど。
凡庸な私は、趣味の歌に逃げながら、年に二本くらい、売れない小説を書くのが妥当だと
思いますた。