(+・w・)実はですね、OB会の中に人類不要論者がおります。

え?、私?、コンピューター・Ⅹ氏?・・・いや、また別にいるんですよね((笑

今回は天文学専門の私から見て、人類不要論者の意味を考えたい。

 

今まで、さんざんアメブロにも書いてきたが私は人類に興味はない(^w^;)

元々、物理を勉強したのも宇宙探究者であり、人間の社会や、やってる事に興味はない。

私のスタンスから言うと最終的に人類はいらないというのには賛同できる。

それは進化した先の人類に可能性があれば、まあ別に居てもいいかな程度である。

 

では現代の人類はどうですか?、と問われるなら私はいらないと答えるだろう((笑

そもそもが未熟なサルなわけで、例えば良い事と悪い事がある。

それはタブーだよ、法に触れるから逮捕されるよ、だからダメ、結果としてルールを守る。

しかしながら別に捕まらない、ルールを無視してもかまわないとなればそれだけで世の中が滅茶苦茶になる程度のモンなんですよ、今の人類はね。

要するに罰が怖くてやらないだけ、本心は違う、本当は迷惑かけてでも好き勝手やりたいというだけの脳ミソの沸いたサルがほとんどなんですよ。

 

そういうレヴェルの種が必要ですか?と問われても私は無様なサルは不必要だろうと答えるだろう。

私は人類を評価する時に未来の可能性が評価対象なだけであり、現代の人類は全く評価していない((笑

面白いのは人類不要論者の方と話してて思ったのは要するにもう見限っているかどうかの違いなのだろうね、という事だ。

例えば遠い未来、人類はやはりダメでした、という結果が確実に待っているのなら私はそこで人類は見限るだろう。

その時、私も人類不要論者と同じ立場になるのだなと思った。

 

今はその未来の結果がわからないだけ。

もうすでに決まっているのだろうね、ただ時の旅人にはなれないので知る術がないだけで。

私は最終的にただの人類に興味なしなだけだったのか、人類不要論者となるのか?

それがわかる頃には私はもうこの世にいないだろう。

 

人間は地球を汚している等の事を言う方もいるでしょう?

私は地球関係なく、種として進化できるなら可能性が・・・今のゴミクズが続くだけならばいらない、ただそれだけの事かな。

地球のために人間を排除しろとかは私にとってはどうでもいい。

人間も地球から誕生した種ですよ、しかしね、地球が生んだ人類が争いを起こし滅んだとしても、それも自然の摂理ですよ。

人間も自然の1部とみなすならば、その人間が種を存続させようが自滅させようが、それも自然が生んだ答えなのだから。

 

だから私は人類不要論はどうでもいいんですよ(^w^;)

私は現代の人類に興味はない、興味があるのはもっと優れた生命体がいるのかという事。

それは進化した人間であろうと機械だろうと別の星の生命体だろうとなんでもいいわけです。

人類などより余程、そちらのほうが私には興味のあるところですね。

 

宇宙物理を専門としてきたが人類不要論者とはある結果が証明されなければ、なんとも言えないね。

 

ただ・・・・ゴミだという結果が待っているのであれば私はその時は容赦なく人類は見限りますよ((笑

もはや、そんなものに興味は沸かないだろうね、いつまでもそんなものに執着しない。

まあ私は出来る事なら人間を捨てて宇宙適応の体にしたいと子供の頃から思ってきたのだから、人間にそこまでの愛着はないがね。

それが天文学をやってきた私の答えかな(^w^)b