過日、70歳になりました。いわゆる一つの「古希」ですね。

 節制の甲斐あってか、最近は血糖値やクレアチニンの値も下がりましたが、油断は禁物ですね。

 もっとも、お世話になっているお医者さん曰く「クレアチニンの値が下がりましたね。EGfr推算値も54%。うーん、悪くなった腎臓って回復しないんですけどねー」とおっしゃいます。

 だいたいクレアチニン値はいろいろな要因で変化するわけだし、それに基ずく推算値だってあくまでも目安でしかないわけでと、私は心の中でつぶやきました。

 「食事に気をつけてがんばりましたね。値が下がったのはその普段の努力のおかげかも」くらいのお言葉が欲しかったです。せんせい、もうすこしほめてくださいよ!(笑

 

 断捨離していたら、10年前に鬼籍に入った父親からの手紙が何通か出てきました。読み返してみると、当時の様子が偲ばれて恥ずかしいやらちょっと胸に来るものがあるやら。 

 

『アパートが決まったら決まったで早く連絡ください。こっちは心配しているんだから』

 

『アルバイトばかりしていないで、こっちに帰ってきなさい。小遣いが欲しいならあげるから』

 

『お前も一人で(就職について)悩んでいると思うけれど、こんな世の中なのでどうしようもない』

 

『私もいろいろ(企業を)あたっているけれど、やはりなかなか厳しい。今年度は新規採用をしないし、余剰人員の整理もすすんでいるようだ』

 

『履歴書を何通か送ってください。試験に備えるために勉学をおろそかにすることがないように』

 

『やはり状況は厳しいようだ。留年を考えてもいいかも』

 

 75年、私が大学4年生時はオイルショックの影響でほとんどの企業が採用を控えていました。親もとても心配していたことが手紙からよくわかります。

 さて、私はといえば「留年もいいかもねー、もう一年のんびりするか~」などと不埒な気持ちでいたのでした。

 結局、私は留年したのですが、この一年間はけっこう辛いものがあり、大学に行っても友だちはいないわけで、広い東京のなかで孤独をしっかりと味わったのでした。その為もあってか(?)健康も害してしまい、それから何年かはスッキリしない生活を送りました。

 そして、手紙を読み返しながら「自堕落で意気地のない息子で申し訳なかったなぁ。。」と思うのでした。

 そんな息子も70歳になりました。(笑

 こんど墓前に報告することにしましょう。