12年。


もう12年なのか、

まだ12年なのか。


ゆっくり呼吸しないと。


あの日、仕事中に観たテレビの映像は

最初、映画か何かかと思うほど。


あれが、現実なんて。

胸が苦しくなる。


上司の実家が千葉にあり、電話しても繋がらない事に焦りしかなく、不安しかなく。

安否確認がすぐ取れなかった。


飛行機は飛ばないだろと、液状化した空港をみて、1番近い空港を探し、上司は取るものも取らずしばらく帰路に着いた。


千葉の実家も液状化現象で、土台が持ち上がり家屋は斜めに傾き、大変な惨劇だったようだった。


親戚も無事に会えたが、家には住める状況でもなく。空き巣も横行していて、家の前にテントを張り寝泊まりをしたと。


家屋は斜めになっただけで、全壊でも半壊にもならなかった。保険会社からはお見舞金のみとなったと嘆いていたのを思い出す。


あっという間に津波にのまれて、たくさんの方が亡くなり、12年経った今もまだ見つからない方もいる。


1日1日をあらためて、考える日。


ご冥福をお祈りします。

そして、忘れてはいけない311