
先日の記事を書いた晩・・・

眠り際に、
「あ・・・あれも書き残しておこう」
と思ったこと、少し。
の、山本権兵衛氏について。何がすごかったか、ということの一つが
海軍を強化するために、なんとかしてお金を集めたこと。
お金というのも、やはり大切なんだな、と。
今、先人達が守り、築き上げてくださった、
この日常の生活で必要なお金の使い方・・・
というような、ちまちました話ではなく。
国
を守る=人々の命
を守る ために、やはり大きなお金が必要なこともあるのだな、と。
自然
を愛し、平和
を愛するわたくしめ。いたって普通の日本人ですからして、
兵器などにお金
を使うのは、ほんとうは嫌なのだけれど・・・。でも、日露戦争のあのとき、
‘みかさ’が無かったら・・・
わたくしたち、居ないかもしれないということで。

詳細は、ぜひ‘みかさ’を訪れていただきたいのですが、
概略をウェブサイトよりコピペさせて頂きます。
ありがとうございます。
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記念艦「三笠」公式ホームページ
http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/mikasa.html
>日清戦争に勝利した我が国は、下関条約により賠償として清国から遼東半島を割譲されましたが、強力な軍事力を極東に展開している露独仏三国の強い干渉を受け、遼東半島を清国に返還せざるを得ませんでした。
> 欧米列強の軍事脅威から主権と領土を守るためには軍事力の強化が急務と痛感した時の政府は、戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻を基幹とする「六六艦隊整備計画」を推進しました。
> 「三笠」は、英国ヴィッカース造船所に発注した6隻目の戦艦であり、明治35年(1902)3月に竣工、直ちに横須賀に回航され、日露関係が悪化し戦時体制に移行した明治36年12月、連合艦隊に編入され、その旗艦になりました。
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10できることのうち、10する気持ち。
必要だと思いました。
何も戦争だからって訳ではなくって、
「生きる」態度のあるべき姿な気もします。
それと、この日露戦争時の、
日本にとっての朝鮮半島の位置づけ・・・
それが「日韓併合」への流れになるのですよね。

お恥ずかしながら、ようやく歴史の点と点が
ちょっとつながってきました・・・。

それから・・・
の、消えたチーク材について。おじ様は、こんなことも仰っていました。
GHQやらが‘みかさ’を壊したがった、と思うかもしれないけれど、
むしろアメリカ人のほうが残したがった。
壊したのは、日本人だった。
・・・と。
会場には、‘みかさ’の悲しい時代の写真もあって。
↓
http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/kouhai.html
保存の動きには、たしかにアメリカの元軍人さんも
関わっていらしたようです。
この時代は、ソ連との冷戦時代でもあるので、
色々な意味合いもあったかもしれませんが、
それでも、やっぱり感謝
です。最後にご紹介したいのは、こちらの文章です。

http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/mikasa_hozonkai/koizumi.html
心にZ旗、掲げます

遅くなっちゃった~~~

おやすみなさい!!!