色々な国のこと、見聞きしますよね。
そのうち、嫌悪感を抱いてしまいそうになる国って
まぁごく限られた、わりとお馴染みの国
(ほら、近くのあれとかあれとかあれとか・・・
)が多いのですが・・・。
今日の放送をみて、
・・・急浮上。


ドミニカ共和国を嫌いになって
しまいそうになりました。
そして、今ざざざっと調べてみて、
当時この移民制度を進めたと思われる外務省に
激怒ぷんぷん丸(←もう古い?
)ですよ。ちょっと色々書きたいところですが、
もっと調べたい気持ちも出てきました。
放映内容、思い出しつつざっくり申し上げますと・・・

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戦後の日本。
台湾や満州からも一斉に帰国して、失業者が溢れていた。
日高さんのお父様?も、台湾で警察官だったという方。
ご出身の鹿児島は、当時日本の中でも貧しい地方の一つだったそう。
火山灰の土地(「シラス」というそうです)は作物ができにくい。
そのような土地をあとにして、政府にも土地を約束された、
ドミニカ共和国という新天地で、夢を実現しようと旅立った
日本の移民たち。
日高さんのお父さんも、そのお一人だった。
しかし、出発前に聞かされていた話とは、まったく違う状況に
ぶち当たった。
移民たちはどの国でも苦労が多かったが、特にドミニカ共和国は
ひどかった。約束していた土地もくれず、農奴扱い。
夢破れてドミニカ共和国から日本に帰国する移民たちもいたが、
それは勝ち組だという。
多くは、帰国の乗船代も払えないような状況だったというのだ。
あまりに苦労が多く、生活もままならず、
服毒や首吊りで自殺する移民たちも少なくなかったという。
その頃の話は、つらすぎてできないとおっしゃっていた。
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現在の日高さんは、町ゆけば多くの現地の方から
「トニー
!」(たしかトニーよね?)と声をかけられる。「彼と働いたことがある」と話す人たちは、どこか
誇らしげにも見えました。
あるご老人は、こうおっしゃってました。
「トニーは本当に良い人だ

彼は、ドミニカ人のことを本当によく考えてくれている。」
日高さんは
「泥棒にも、どこかしら良心というのが必ずあると思う」
という感じのことをおっしゃってました。

日高さんの、その優しさや信念や行動が、
彼らの中の良心
を引き出す・・・という偉業をされたと思います。
人間としての器が、
わたくしの何百倍・・・何千倍、もあるとお見受けしました。
←日高さんや奥様
←ワタシ・・・つくづく思うのですが、
こういったごく一般の方々こそ、
国民平和賞
を受けるにふさわしい方々ですよね。日本人として、今の平和な日本を享受できているのは
こうした皆様のお陰様だと、しみじみ思います。
感謝ビーム
、送らせてくださいませ。日高さんは、毎日泥棒のことも気になさりながら
牛達の面倒を見る必要がありそうですし、
苦楽(苦のほうが大きかった様子です
)を共にされた奥様も、お店管理&支払い取立てがありそうですし・・・
なかなかドミニカ共和国から旅行
・・・というのは難しそうですが。こういった皆様は、日本で手厚くおもてなしをすべきだと、
それが当然だと、考えます。
↑
追記。
お風呂に入りながら、間違いを思い出しました~。
頭の中にあった言葉は「外国人労働者」です。
国籍が違うとしても、よっぽど日本を愛する外国の方も
多々いらっしゃるとは承知しておりますし。
井の中の蛙にならず磨くことも必要ですが。
多くの外国人がいらっしゃると、今振り子の幅が大きくなっている
「(日本人としての)常識的な感覚」がもっと危うくなると思うのです。
移民についても同じ感覚はあるのですが、
ここでは頭の中にあった言葉と違うので、
とりあえず訂正させて頂きます~。
正直、必要に思いません。
前々から感じていたことですが、今日思いをあらたに致しました。
こういった、ご苦労なさった日系
移民の方で、もし日本に帰国なさりたい方がいらしたら・・・
その方々こそ、「おかえりなさい」政策をすべきでは
ないでしょうか

このようなページを見つけましたので、シェアさせてください。
多くのまがい物の情報が錯綜する世の中ですが、
こうして真実をシェアできることに感謝いたします。

ドミニカ共和国日本人移民問題
http://dominican-republic-issues-immigrant-japanese.org/