いま、見てたんざんすよ
。
呆れました、国営テレビ。
もともとバクモンの笑いは・・・
何が面白いのかよくわからない
= 笑いのツボが違う
= 大笑いしたことが一度もない
ということもあり、
「・・・
・・??? そーゆー結論![]()
」ってほんと、呆れた。
解決の糸口みたいなのは、学校の教科にヒントがある・・・?
・・・それは、ちょっと違うのでは![]()
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そういう人もいるかもしれないけど、一般論ではないのでは?
自分たちで、まだ自覚があることは、まぁよしとしましょう。
「自覚」というのは、最近のお笑いが、人をけなす笑いが多いってこと。
人を馬鹿にしたり、のけ者にしたり、無理をさせたり。
探検バクモンSP「いじめ × 爆笑問題」
(放送:2012年11月21日/再放送予定:2012年11月27日)
http://www.nhk.or.jp/bakumon/prevtime/20121121.html
↑
ここに載っている、太田さんの発言の意図も、わかる。
人がずっこけるのはおかしいし、でも、そこには共感がある、ということ。
笑いの中にいじめの要素はあるかもしれないけれど、共感が底にあるのだと。
でも、なんというか、話がずれてる気がするのは、わたしだけ?
いじめって、もっともっと壮絶な話を聞くけれど??
若いうちから、世の中を見て自覚する必要があるのは、
「学べるという素晴らしさ・ありがたさ
」だとは、おもう。
積極的に、世界のことを知り、自分たちのことを知ると良いと思う。
いかに恵まれているか。
けれど、学校生活が教えてくれるものは、
お勉強
そのものだけではなくて、。
学べる楽しさや、自分(の興味)を知る、ということだけではなくて、
いろいろな人と共存している社会というか。。。
○○君は運動音痴だけど、数学がものすごい。
△△君は地味だけれど、穏やかで教えるのが上手だ。
××君は言葉遣いが荒いけど、スポーツが得意で優しい。
□□君は普通なんだけど、趣味に打ち込んでてプロ級。
などなど・・・
生活環境や、家族構成や、要素は他にもあるよね。
いろいろな‘違い’を目にして、受け入れて、
自分の人間としての器を大きく育てるっていうことが
実は一番大切なことではないかとわたくしは考えます。
そして、特に注目するわけでもなく、
何気なく‘見て’いたこと、‘一緒にいた’ことで、
何年も経って、ふと思い出したり、
なんとなくわかったりすることも、ある。
「あの子、偉かったよな・・・」とか。
(以下、紫字は11/22朝 追記)
この番組編集。
どこまで自分たちの罪を重くしていくんだか・・・
開いた口が塞がりませんことよ。
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締めのことば・・・
(番組の最後の最後に、文字として流されたことばがあって、
それだけを見てしまえば、こう言っているようなものだと私は理解した↓)
「いじめは、本能的なもので、快感である」
「自分が何を笑っているかを、考えてみよう」
「(ほらね、笑い=いじめの要素=快感、なんだよ)」
みたいなことだったと思う。
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は
???
でも。
サイトの、ディレクターの言葉を見れば、その意図も多少はわかる。
>『笑い』や『言葉』が人を死に至らしめうるナイフなのだとしたら、今、生きているのが奇跡とさえ思えます・・だって、 『笑い』や『言葉』は、それを制御するスキルさえ身につけさえすれば、『いじめという名の怪物』を倒す最強の武器となるのですから。
↑
どーして、こっちを文字にして流さないわけ![]()
こっちが重要でしょ!
いじめは本当に変わったのか?という問いかけに、
実は昔から変わっていないのでは?という雰囲気だったけれど。
たしかに、志茂田さんがおっしゃるとおり、
人は、他人との‘違い’に対する、本能的な反応、というのはあるかも。
ただし、それは快感というわけでは、けっしてないと思います。
それは、免疫反応のようなものでは?
そして、いじめは・・・
変わったでしょう![]()
はるかに、陰湿になっているでしょう!
犯罪レベルになっているでしょう!
人間というよりも、ケモノの仕業になっているでしょう!
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たしかに、幼い子どもの残虐性、みたいなのってあるかもしれない。
わたしだって、小さな時に、蟻をつぶしたりいじめたりした。
ペットをぶったりしたこともある。
自分がおこす行動の‘反応’や、‘変化’を、淡々と見ていた。
でも、そんな自分がほんっとに恥ずかしいし、
この歳になっても思い出して、
自分のその、ダメダメ部分を消したい
ような気持ちになることがある。
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でもさ、せいぜい、小学3年生くらいまでかな。
そういう無知による残虐性って。
そして、よく「いじめた側は、たいして覚えてない」って説があるけど、
そういう子に育ててしまっては、ダメなんだと思う。
そういう人間になってしまっては、ダメなんだと思う。
もちろんね。
いじめられたと思う側が、被害者意識が強すぎるとき、
っていうのもあると思う。
だから、そういう意味では、なんの意図もないのに勘違い版もありかも。
ただでさえ、多感な時期だからね。
でも、わたしのような場合は。
自分がしたことは、やっぱり覚えているよ。
あれは人としてダメだったな、と。
変な学校ものドラマを放送したり、
学校がサバイバル地帯のような映画を作ったり、
はたまた少し年齢があがれば、成人向け内容を盛り込んだり。
そうしてお金儲けをして。
汚染している。
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‘いじめと動物虐待は似ている’っていう話もあったけど、。
(自分よりも弱いものをいじめることで、自分を癒している?という、ひどい説)
そういう歪んだ、
陰湿で、
ケモノな仕業=人間はしてはいけないこと、を、
万人の共通の快感かのように結論づけるの、
いい加減にしなさい![]()
そうして、変なイメージを植えつけているのは、
マスゴミじゃぁありませんこと![]()
撮影に応じてくれた、いじめを克服した青少年たち![]()
のことも、
ちゃんと聞いてないじゃないの、結果として。
どちらの立場に立ってるか、って、結局自分はいじめる側じゃない!
そんな陰湿な歪んだケモノを肯定している自分の歪みを、自覚しなさい!
←
今、いじめに悩んでいる子がいるならば。
経験者たちのアドバイスの通り、逃げて良いと思う。
自分を守ってあげてほしい。
そのまま、気持ちを受け止めることができる大人も、
ごくまれかもしれないけれど、きっといると思う。
一緒に戦おうとしてくれる大人も。
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変な人たちの、変な考え方に、汚染されないように、。
そんなケモノに、
この世に生を受けた奇跡を邪魔されるのは、もったいないから、。
志茂田カゲキさんや、ローリーさんや、サヘルさんや、尾木ママや、はるかぜちゃんや。
それぞれ体験談もまじえて、示唆に富んだことおっしゃっていたのに。
まったく、あの結論かい!
まことに腹立たしい限りですわ![]()
お風呂はいります~。
おやすみなさいませ~。
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ここまで読んでくださったお珍しい方、ありがとうございます。
わたくしの結論と致しましては。
いじめだとかいう犯罪をやってる時間はない、ってことです。
そして、いじめられるという役をやっている時間もない、ってことです。
もっと、普通に、人同士で、学んでいく。
学校の人間関係だけが、この世界ではないし。
世の中には、反面教師、という言葉もあります。
必死なときはつらいものだけれど、
自分がそれでも、
学べる機会を頂いていたり。
それでも、ご飯
を食べさせてもらえていたり。
だから・・・
書いていて思ったんだけど、
ちょっとでも自分の気持ちを打ち明けられる人・・・
心の余裕を持った大人・・・
を、もっとこの世界に増やしていかないとだよね。
そんな大人になりたいよね。
そんな社会を作りたいよね。
やっぱり、感謝の心
、じゃないかなぁ。
せっかく人間に生まれてきた自分が、どんな人間になるか。
育てる側も、成長する側も。どちらも。
この世界の・・・
素晴らしいこと。
楽しいこと。
佳きこと。
美しいこと。
大事にしたいこと。
それぞれが、「時間」を大切にして、切磋琢磨するしかない、ってことかと。
人をいじめてる暇があったら、自分を育てること、
自分のまわりの大切なことを大切にすること、に意識を向けること。
いじめられていると思ったら、相談してみること。
状況を変えるにはどうすれば良いか、動いてみること。
笑い=いじめ、としている自分がいたら、そんな自分の器を問うこと。
もっと楽しいことが、絶対にあるはず。
そして、育てる側・守る側は、特に、器が問われる、ということかと。
大人であるって、どういうことなのか。
子どもたちを、歪んだ考えで汚染している自分を、恥じること。
日常を、ただすこと。
さあさ
!!!
熱血で語りすぎちゃったわー。ごめんなさい~
今日も1日を過ごせることを、ありがたく・・・
よかった探しします~![]()