ゆったり書きたいところなのだが、ゆったりは書けないんだなぁ。
でも、書いておきたいんだなぁ。

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ってことで・・・
今日も頼りのTV出た蔵さん情報を、そのままお借りします!
ありがとうございます!!
ひるおび!
9月13日(火)放送
http://datazoo.jp/tv/%E3%81%B2%E3%82%8B%E3%81%8A%E3%81%B3%EF%BC%81/511974/2
斎藤哲也のひるトク!
被災者と寄り添い180日余り…自衛隊の支援活動秘話
東日本大震災の発生から半年。遺体の捜索やがれきの撤去、炊き出しなどの生活支援まで被災地で活動を続けていた自衛隊は、原発対応を除き9月9日をもって被災者支援を終了した。自衛隊の半年間の活動を特集する。 8月11日、浸水した保育園に孤立し、自衛隊により救出された大代保育園の園児たちは自衛隊員らに感謝の歌と金メダルを贈った。宮城・南三陸町の女性は夫の遺体を見つけてくれた自衛隊に感謝の手紙を送り、後日隊員が女性の元を訪れた。
被災地支えた「力」と「心」 自衛隊6カ月の活動秘話
東日本大震災の発生から半年間、被災地で支援を行っていた自衛隊の活動を特集。自衛隊は7月26日に岩手県での活動を終え、8月1日には宮城県、9月1日に原発を除く福島県での活動を終了させた。
ヘリコプターで約100人を救出した海上自衛隊の隊員や、遺体収容の訓練を受けたこともなく水浸しの街で遺体を発見し続けた陸上自衛隊の隊員らが振り返った救助活動についてまとめた。
自衛隊の活動を長期取材したジャーナリストアナウンサー・キャスター・リポーター氏は、今回の自衛隊員らは臨機応変に活動していたと話している。捜索活動の途中に通りがかった学校の教師に依頼され、成績表入りの金庫を泥の中から探し出したなど臨機応変に対応したケースを紹介。
自衛隊員たちの心遣い
東日本大震災の発生から半年間、被災地で支援活動を行っていた自衛隊員の心遣いを紹介。自衛隊員達は、配給された腹もちが良い赤飯の缶詰を「祝い事の時に食べる赤飯を食べる気になれない」と返品したという。
自衛隊員を支えた子どもたちの心遣い
東日本大震災の発生から半年間、被災地で支援活動を行っていた自衛隊員達を支えた子どもたちの心遣いを紹介。宿営地としていた釜石市の小学校から部隊が移動する際、生徒たちから手紙が渡され隊員は涙したという。また、石巻市の大川小学校の捜索活動から1カ月後に生徒の一人から隊員へ渡された手紙は、多くの隊員がコピーしてポケットに忍ばせた。
自衛隊員を支えた妻たち
東日本大震災の発生から半年間、被災地で支援を行っていた自衛隊の隊員達を支えた妻たちの心遣いを紹介。震災後しばらく音信不通となった夫から連絡があった際、あえて聞きたい事や話したい事を我慢した妻もいた。
被災地での自衛隊員の活動を見てどう感じましたか?
東日本大震災の発生から半年間、被災地で支援を行っていた自衛隊の活動について、被災地の人たちにどう感じたかをインタビューした内容を紹介。
やはり頼りになると実感したり。
ただ仕事をこなすのではなく、本当に心から寄り添う姿勢に感激したこと。
・・・被災地でだけでなく、
日本全国で、何か共通の理解をえた感覚があるように思われた。
妻という立場からの意見には、
テレビなどで自衛隊の活動が取り上げられて世間の理解が深まったことや、
自分の子どもに「お父さんはこういうお仕事をしているのよ」とお話することができた・・・
というものもあった。
特集のはじめの方に聞いた、ある自衛隊員の心
に残っている話。
たしか、こんな感じだった。
「捜索活動をしていると、いつも同じ場所にやってくる男性がいた。
話を聞くと、その辺りで津波にのまれてしまった奥さんを探しているという。
自衛隊は通常、個人の依頼を承ってはいけないのだが、
男性の気持ちに応えたいとその近辺を捜索した。
しかし、残念ながら奥さんは見つからなかった。
だが、男性は深ぶかと頭を下げてくださった。」
どちらの気持ちも、伝わってくる。
じーんとするのは、’この方は、毎日ここにいらしているな・・・’と
隊員が男性を気がかりに思うという、きっかけ。
そういうのって、人としての感覚があるなって思う。
そして、話を聞くという一歩![]()
それで、複数の隊員で捜索をするという、行動力。
この’人としての感覚’っていうのは、すごーく特別、ってわけじゃない。
きっと、どんな人にも備わっているんだと思う。
ね
現地で、体ごと、心ごと、頭ごと、全部で現状と向き合い、
人々の本当のニーズを聞き、
心を寄り添わせて、
臨機応変に可能な限り応えようとする・・・
その小さな積み重ねが、多くの方との良い関係を築き上げたのだろう。
自衛隊の皆さま、ありがとうございます!!
警察や消防の皆さまも、ありがとうございます!!
がんばろう!日本