このブログは、お祓い、除霊、龍神だ、エンジェルヒーリング、クリスタル、アセンション、シャーマンなどなど、星星キラキラ星星したものも怪しげなものも龍ヘビおばけくん宇宙人くんいっぱい行って、¥¥お金¥¥をたくさん使ったけど、まだ苦しい~っていう人のためのものです。

 

そして癒しも解放も、実は「ただ」でできるのだ、ということをお伝えするものです。

 

前回まで1~29を読んでなかったら、どれも飛ばさないで、前の投稿を順番に読んでくださいね!1~29は絶対に必要です。

神の臨在の中に浸っていると、天の香りが私たちにしみつきます。

タバコの煙が立ち込めているような場所に何時間もいたら、そこから出てきたとき、衣服も髪の毛もタバコの匂いがしますね。

焼き肉屋に行った時もそうです。衣服から持ち物から体まで、焼き肉の匂いが染みつきます。

 

神の臨在に浸るとはそういうことです。

第2コリント2章15節に「私たちは~神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです」と書いてあります。

 

ゴミや汚物の匂いがするところには、ハエがたかります。

 

花が咲いて香しいところには蝶々やミツバチがやってきます。

 

霊界でもそうです。

怒り、憎しみなど、神からではない「汚物」の匂いがあるとこりには、霊的なハエ(悪霊など)がたかります。

一方、神の香りが漂うところには、天からの恵み、祝福や、天使たちがやってきます。

 

祈ったり、宣言したりするのももちろん大切ですが、ただじっと、静かに神の臨在に浸る時間もとりましょう。

なぜじっとしているのが大切かというと:

 

1)こちらが話しているときは、相手(神)が言っていることが聞こえません。

2)神が私たちに祝福を与えたくても、受け取る側が、フラフラしていると、ボール(祝福)を見落としてしまいます。

3)手術台で患者が動くと手術ができないように、私たちも神の手術台でじっとしましょう。神が私たちの心と体の手術をして癒してくれます。

4)神の臨在の中でじっとしていると、神の愛、平穏、恵み、あわれみなどの香りが、自分たちに染みつきます。

 

讃美歌でも、黙想の音楽などを静かに聴きながら、ダビデが詩編27章に書いているように、 神の顔を、慕い求めてみましょう。 神の手からくる祝福を見るのではなく、神というお方のお顔を求めるのです。

 

犬が餌を握る手だけを見て、人の顔を見ないということがありますよね。私たちが人の手だけを見て、人の顔や心を見ないと、人間同士でも失礼です。神さまとの関係もそうです。祝福を持つ神さまの手だけを見るのではなく、神というお方を求めるのです。天のお父様やイエスさまの手を見るのではなく、神の愛を知り、神との関係を築くことができると、祝福はそこから自然に流れ出るようになります。

 

今苦しいからこそ、迷いがあるからこそ、怒りがあるからこそ、じっと、神の臨在に浸るのです。神の愛の中に身をゆだねるのです。神の臨在は、心と体の漂白剤だと思ってください。2、3秒ではなく、30分から数時間浸しておくと、心の汚れがとれていくのがわかります。

 

詩編27や詩編30でも、声にだしてゆっくり読みながら、黙想してみてください。ただ黙って神の声に耳を傾けるのもよいでしょう。ルールはありません。ただ、携帯やテレビを切って、ジタバタしないで、じっと耳と心を神に傾けるのです。

違うことを考えてしまっているのに気が付いたら、罪悪感を感じる必要はありません。ただ、思いと心を天の父やイエスさまの方にもう一度向けるのです。静かな讃美歌などの音楽が流れているほうが神の臨在を感じやすいと言う方は、下のような音楽を使ってみてください。


 

聖書が無い方は、下の聖書アプリのリンク下差しを、ぜひご利用ください。(音読も聞けるので便利ですよ~)

詩編など、ダビデ王が、いかに神の臨在の中で生き、祈り、戦い、神を慕い、信じて生きてきたかがわかりますよ。

「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。」(ヤコブ4章8節)

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