DPCを扱う上で、避けては通れないのが標準病名。

そして自分はこれが大キライなのであった!


診断っていうのは、医業の根幹。

詩的にものを申すならば、

医者が医者の目で世界を見て、

命名していく作業だと思ってる。

音楽家が音で世界を表現するように

医者は世界を医学用語で表現する。

医者が医者の視点で理解した、

世界の一端を表現する、

その究極の形が病名のはず。


それをなぜ標準病名などという、

既成の表現で推し量らねばならない?

しかもこれが未完成の代物。

単なるツールとしても

役立たずにもほどがある爆弾

とわたしでさえ感じているのです。

表現できないものが多すぎる。

表現できない言語なんか言語じゃない!

レセプト病名さえ表現できない代物です。


病名を分類する必要があったのは

分かるんです。そのために

この職種があるのだとも思うのです。

適切な分類が必要ならば、

表現形式を限定するのではなく、

表現内容を読み取り、的確な分類を行えば

いいだけのことではないのかしらん?


DPCをやる以上は、いくらキライとはいえ、

標準病名でも使えるものは使います。

でも使えないものは使えません。

表現できないものは表現を吟味した上で、

未コード病名として提出する所存。


…なぜ、こんなことを書き始めたかというと、

実は、既に病院全体に、標準病名しか

使えない魔法キラキラかかってるらしいんです叫び

わたしがこの病院にくる、数年前から

お医者さんたちはそう教え込まれてしまったらしい。

この病院に来て、違和感のある病名が

ぞろぞろ並んでいて、なんだろうと

思い続けていたけれど、やっと原因が判明した。

とあるシステムが標準病名しか受け付けない。

そのためにこの有様に陥ったらしいのです。


標準病名を使うことが望ましいのは

言うまでもない>厚生労働省的には。

しかしそれ以外を使っちゃいけないとは

何処にも書いてないし、そんなことはできやしない。

少なくとも、現段階の標準病名では

表せないものがあることを医師は自ら主張すべき。

わたしたちはそれを理解し、支援すべきだと

考えています。願わくば、お医者さんが

まだ諦めないでくれているといいのだけど。

医師が諦めて順応してしまったら、

わたしたちにできることはない。


でもこの訴訟だのなんだののご時世なのに

病名ひとつ思うように書けないなんて

おかしいと思わないのが不思議です。

分類よりも何よりも事実を正しく表現、

記録することのほうが何倍も大事でしょうに。


今後とも、立場上、標準病名使用は推進予定。

でもそれ以上に、適切な表現で書くように

書けるようにしていかねばってとこでしょうか。

システム屋さんへの説得工作は開始中。


続く、かな?いっぱい書いたら疲れちゃった汗寝ます~