私の拙いギター演奏
副題「正常な現実社会からラインアウトするほどのストレスを、健全な手段で解消し、ミラクル的に心を癒し落ち着かせる為の演奏」
うむ~ 知る人ぞしる(私しか分かりませんが)複雑な心理学です。
超快楽ギター?
これだけでは不備です。つまり、現実社会からラインアウトするほどのストレスがある場合、仮に、私の超快楽ギターなるものが、ある効果を生むとしても、しかし、それは、自分の相当の労力をともなう努力を必要とします。
それでは、超過重なストレスがかかっている場合、瞬時にそのストレスを開放するには、時間と労力がかかり過ぎます。
つまり、ストレスを解消する場合、このような自力的超快楽手段の他に、ペアーな要素としての、完全他力的超快楽が必要なのかもしれません。アイデンティティの心理学的な方程式としてもー
当面のその、完全他力的にして健全な超快楽を得るために、以前より提唱している5賢女のイメージを瞬時に思いめぐらし、つまり、理想としては5人、あるいは複数の聡明な女性のイメージを融合することによる、健全にして、極めて中和された良識的世界の安堵感なる超快楽を得るようにしてみます。
それにしても、50歳を過ぎた私が、このようなことでまだ模索していることが情けないことです。
思うに、私の提唱する「地球物理学的大自然心理学」なる概念が有効であるとすれば、地球という健全な精神のモデルとしても有効な惑星において、その地表の自然や生物の進化の一方で、地球自身のストレスの発散というものがバランス的に起こっていると考えることが出来るのではないでしょうか?
私の、超快楽ギター的、自力のストレスの発散は、地球の火山、地震などの運動であり、一方、5賢女イメージの融合による良識的世界の安堵感なる超快楽の完全他力的ストレスの発散は、月の引力による海面の潮汐作用と考えてもいいのでないだろうか。つまり、おおざっぱに見て、地球は、その地表の自然、生物の進化が、2つのストレスとしての自力的超快楽(火山、地震)と完全他力的超快楽(月の引力による潮汐作用)とのバランスの上に成立しているのではないかとの仮説を提示するものです。そして、その証明は、私自身において実証されることになるでしょうー
うむ~ 難しい、と言うか、分かりにくいというか、自分で書いていてもそう思います。このような心理学が私自身の中でも把握できて、機能しているのかー なんとも言えませんが、いずれにしても、このような心理学を必要としているということ自体、きわめて稀有な深刻な運命に翻弄されているということは言えるでしょう。
つまり、地球物理学的大自然心理学において、地殻を理性にたとえるなら、もし、火山というストレス発散が出来なければ、おそらく、地殻のプレート移動は、非常に過敏なものになり、その過敏さの中では、地表の自然や生物の進化は出来なかったかもしれません。その意味では、火山活動(ストレスの発散)と地殻のプレートの安定(理性の安定)ということは表裏一体の密接な関係にあるのかもしれません。
また、月の引力による潮汐作用がなければ、海面は淀んだものになり、生物の進化は現在のように出来なかったかもしれまん。特に、地表の水の動きの、海面から蒸発し雲になり、雨となって地表に降り、川になってまた海に流れる循環は、私の提唱する純なる生の力と心理学的には理解できるのであり、その海面が淀んでいたのでは、純なる生の力としての、特に理性的な「本当の私からの声」も淀んだものになるのではないでしょうか? その意味で、複数の賢女のイメージを融合する良識的世界の安堵感なる快楽によって、自分の心に潮汐作用が起こる時、自分の心は澄んで、本当の私からの声と純なる生の力としてのリビドーが生じてくるのではないでしょうか?
