結局何が

一番重要だったのだ?

この解脱を確定するために

いままでの

「経験実証的地球物理学的大自然心理学」

においてーーー


結局心のなかに

穏やかさの核をつかむことが

決定的に重要だった


しかもその核は

「求心性と開放性のバランスをたもっているもの」

でなければならなかった


もう一度

いや百回でも言おう

「求心性と開放性のバランスをたもっているもの」

「求心性と開放性のバランスをたもっているもの」

「求心性と開放性のバランスをたもっているもの」

「求心性と開放性のバランスをたもっているもの」

「求心性と開放性のバランスをたもっているもの」

「求心性と開放性のバランスをたもっているもの」

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もし求心的過ぎれば

精神の炉心融解に陥り

もし解放性があっても

求心性が希薄であれば

ナチュラルな純なる生の力の

追い風力に生涯出会うことができない


この二つのものが同時に

共存している穏やかさ優しさの母性に

出会うことがきわめて重要であった


この二つのものを失うような環境下では

であるからこそこの二つのものを

失うような慢性的な環境の影響力が

はたらいているその抑圧の中で

自力でこの二つのものが共存しているものを

探し当てることはきわめて困難である


だからこそ

何人かのものは

求心的な穏やかさのみにおちいり

精神の炉心融解をおこし

その泥沼から二度ともどってこれなくなり

ある種の宗教の犯罪的行為にいたることになり

だからこそ何人かの者は

生涯変質狂的な性格のまま

偏った人生を送ることになる


無理はない

一見穏やかなものは

求心的であり

開放的なものは

求心的ではない

その二つのものが共存している母性を

自力でさがさねばならない

そのような環境そのような母となるような人

とであったとしても

それが他力依存的な依存性が強すぎると

逆にそれが他力的に与え続けられないと

自分は存在できないという依存性が残る


つまり

この求心性と開放性のバランスした穏やかさの母の

イメージを基本は他力であるが

それを自力で維持できる絶対的なイメージに

止揚する必要がある

だからこそ容易ではないのだ


それはある種のイメージの

想像的造成である日突然

出会うこともできる

それはきわめて個別的で偶発的な

所産である可能性もある


私の場合は

12万円かけて自分の庭に作った

井戸ポンプから流れる

水の音と

ちょうどその当時ホームセンターから

その顔の表情に惚れて買ってきて

家の裏の草むらの中に

穴をほって家族には隠した

ギリシャ彫刻の顔の表情の

組み合わせによって

この二つの組み合わせによって

何十年も探し求めていた

この「求心性と開放性のバランスした穏やかさの

イメージを確保できたのである


これはまったく個人的にして

偶発的な所産であった



ミラクルXフォットアルバム-庭先の噴水



ミラクルXフォットアルバム-草むらのギリシャ彫刻


つまりこの画像を分析すると

井戸の水をくみ上げたものが

桶の穴から滴りおちる水の音は

求心性であり


ギリシャ彫刻の顔の表情には

一般的な家族愛を象徴するような

つまり解放的な優しさを含んでいたと

思われる


つづく

この次はその核から

マントル対流を経て

地殻に到り水をつくり

地表の循環系を構成し

最終的には心のモホロピチッチ不連続帯を

確保することの重要性について総括しよう



ミラクルXフォットアルバム-ノアの飛行船「八ヶ岳エアーライン」