八ケ岳西部山麓ミラクルXフォットアルバム随時更新
八ケ岳大自然心理学研究所
主著
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」
「逆説的ファンタジー 八ヶ岳人面山の秘密」
「詩集 草木自身のポエムの名において」
ギター
「ミラクルXギター 尾根先紅野」


撮影日H22.12.8 13:00


撮影日 2010.10.29 15:15


さあ この森林に
足を踏み入れて下さい
そして 着ている物を
全部脱いで 丸裸になって下さい
そして 木の根元に倒れ込み
貴方が望むだけ 癒されて下さい
貴方がどんな人間でも
貴方を侮蔑する者も
貴方を差別する者も
貴方を責める者も
誰もいません
この森林で
どんなに深い悲しみもストレスも
癒して下さい
その悲しみとストレスを癒すために
どうか他の罪を
犯さないで下さい・・・・・と
私は自分に言います
尾根先紅野
今日までの
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」において
ノーマルでフラットな
つまり ある特定の個人的思想や
あるいは特異な思想を出来るだけ排除した
あきらかに汎用性のある
客観的真実と正しさに根ざしたような
つまりその意味でノーマルでフラットな
数々の心理学が見えてきた
それをまずランダムに列記したあとで
それを発生機序順に並べ直していけば
一般的に人間を開かれた地平に
開放するための有効な
心理学体系が完成することになるだろう
さっそくそれを
まずはランダムに
列記することにしよう
まず項目を書きそのあとに
括弧書きでその内容を書くことにしよう
いずれにしてもこの心理学を
私がこれから実証することになるが
その成果が極めて顕著であるならば
ほぼ自動的にその成果が
社会と世界の表に顕著に
あらわれることになり
まさに尾根先紅野のペンネームが
このブログというよりも
社会の表側から
貴方に届くことになるだろう
ほぼ自動的にー
きっと貴方も
このランダムに列記された
フラットでノーマルな
有効な心理学用語を
ただ目で追っているだけで
その効果があなたの
心の中に現れるに違いない
まず列記の仕方であるが
最初は思いつくままにランダムに
書いていくが徐々に
解脱順序純に番号を打っていく
ようにする
①求心性と開放性のバランスのとれた核
(精神の炉心融解を起こすような
求心性でもなくまた赤色巨星のような
行き過ぎた開放性でもなく)
マントル対流
モホロピチッチ不連続帯
(マントル対流の上に
比較的安定した地殻の元に
なるような地層をつくる)
地殻
水、海洋
生命活動
水の循環
酸素、オゾン層までの一連の
地球物理学的大自然心理学の
心理学モデル

・この求心性と開放性のバランスのとれた
穏やかさの核を非解脱方向の
慢性的な環境下で確保することは
私の経験上きわめて困難だ
場合によっては十年以上かかる
それは自分の個別的な状況に応じた
個別的なオリジナルな手段となる
可能性が高い
私の場合の手段を一つの例として列記しよう
次の三つの画像と次の一つの詩だ
これを名づけて「苦肉の策画像心理学」である
つまり、心理療法では私の経験では
一番効率的でしかも安定的に自力で
供給できるのは絵画療法である
その理由は、まず視覚的に認識することが
音楽やあるいはその他の方法に比べ
安定的に自立的に供給できるということである
Ⅰ、ミラクルXフォットアルバム「井戸から汲み上げた水の滴る音」

2,ミラクルXフォットアルバム「草むらのギリシャ彫刻」
3、ミラクルXフォットアルバム「紅葉の森林」

4、ベルレーヌの詩
秋の日の ギオロンの
溜息の 身にしみて
ひたぶるに うらかなし
げに我は うらぶれて
ここかしこ 定めなく
とびちらう 落ち葉かな
(こつとしては、他人からすれば
「なんだそんなものがー」と馬鹿に
されるようなきわめて個人的な
イメージの苦肉の策のくみあわせである)
いずれにしても、ここで重要なことは
「ほぼ100%他力本願であるものを
ほぼ100%自力で供給できるシステムを
つくるという相矛盾した作業をするという
きわめて高等なテクニックを要するということである
つまり、あくまで他力本願であるイメージを
他人に依存せず、故に安定的に自力で
供給することでより安定した恒常的な
穏やかさの精神の核をつくるということである
なぜ他力なのか?それは人間が
被造物であるからであり故に
基本的に自分で自分を癒すことはできない
という弱さを認めることで逆に自立できる
のであり、その他力を供給するシステムを
自力で出来るようにすることで
より安定するということである
この三つの写真はその意味で
それなりの必然性がある
まず「井戸水の滴る音は求心的な
心の安らぎであり「草むらのギリシャ彫刻」は
その顔の表情から家族やあるいは
人間同士の愛にみちたコミニュケーションまで
連想されるものであり
その意味で開放性を暗示している
まさにこのイメージの二つのものが
求心性と開放性のバランスを保っている
のであり そのバランスを象徴しているのが
次の「紅葉の森林」である
さらに「ベルレーヌの詩」は
まさに人間の言葉のもつ癒しであり
より具体的な人間性をかんじるものである
しかもこれら三つのものは
いずれも他力本願的なイメージでありながら
しかもこの四つのものを自分に供給するのは
いつどこでも自主的に100%供給できる
安定感があるということである
これは極論であることを自認した上で言うならば
自分の好きな詩を唱えながら
病におかされた患部をさすれば
だいたい5%位の確立で治癒するといった
意味での効果である
もちろん癌においても可能と思われる
・水遊びの水を
出来るだけ遠くに導く
・カーリング人間作業心理学
(あらゆる障害を最大限
取り除くことで最少のエネルギー
で最大遠くまで滑っていくことができ
しかも目標をねらえる)
・ハイブリット自動車人間作業心理学
(意識的作業心理学とナチュラルな
自然の作業心理学のスムーズの切り替え術)
・因幡の白兎人間作業心理学
・気付きエネルギー(気付くという
脳細胞のドーパミンの動きが
そのまま筋肉をうごかす
筋力エネルギーになる)
・カメムシ作業心理学(一見
ゆっくりした動きのような
作業の継続が
思いのほか相当量の成果を上げる)
・目前の作業を無条件にとにかく
最速でやるようにする
・基礎的活動項目は一定のリズミカルな
機敏性の中でしかも疲労をともなわず
120%の純生のエネルギーの追い風
で出来るようにする。この時注意することは
この機敏性が概念の絶対化をおこさないように
あくまで120%の純生の追い風を原則とし
機敏性はスパイス心理学としてふりかけるようにする
・(暫定NO.30)効率的な歩行心理学
歩き方は極めて重要である。つまり
まさに120%の純生の追い風で
基本的にはゆったりと自然につかれなく
歩きながら、しかし、その足の指で体重を
前に前に送るようにすることで
純生(純なる生のちから)の追い風で
歩きながらしかも体重を前に送ることで
効率的に歩くことができるということで
一日の作業の効率を飛躍的に疲れなく
高めることができる
・(暫定NO.31)
手品師のような手の使い方作業心理学
これもきわめて重要である。
つまり日常の作業のすべてにおいて
手品師のような手の使い方をすることで
マジックのような効率的な作業を
一日中することができる
コツは掌の根元を支点にして
指をできるだけ遠くに延ばしかつ
その指先で可能な限りの自在な
動きと作業をさせることである
(暫定NO.32)
この二つの曲き極めて重要である
つまりこの二つの曲は
父性的な悟りきった人格と
もう一つは品のある女性的な
優しさの曲であり
この二つの曲の間に
ノーマルで落ち付いた穏やかな
心が存在することが出来る
この二つの曲の間の境地で
はじめてあわてることなく
おちついて静かに作業する
作業心理学が実行でき
そのしずかで穏やかな作業の継続が
まさにカメムシ作業心理学とおなじ
ゆつくりとした作業が
思いのほか相当量の作業をこなすことが
出来るという境地に到達する
(最終の数歩手前)つまり、つまり、つまり、つまり、
つまり
心に不安や、あるいは不備がある場合
その状態で社会の様々なノルマのさらされ
それを消化しなければならなくなる場合
そこでの作業心理学は
「ねぱあらない」という意識的な
客観的判断を多様しないと
現実に 対応できなくなり
その結果、人間の行動判断の
自然状態からの起働の感覚を失ってしまう
つまり本来ならば
十分な余裕の中で事前の事態にたいする
行動は 自然の模索の自然の気付きの中で
自然に醸成されるものであるという
部分が欠落することになる
するとどうなるか
人間は肉体的にも影響がでる
つまり自然状態の地平にたいして足が
ついていないので
横隔膜の呼吸をする筋肉の
演繹的支点力が弱まり
自分の思考と運動にたいする
瞬時の酸素不足分を供給できなくなる
つまり瞬時に横隔膜を広げて
呼吸できなくなるので
つねに酸欠状態になり
体が疲れることになる
これを回避するには
もう一度人間の行動判断が
自然状態の中での自然の
気付きで徐々醸成されるものである
というプロセスに気付き
そのように意識することで
横隔膜の筋肉が
きちっと安心の地平に
重芯を降ろすことで
それぞれ之状況に応じて
瞬時に横隔膜を広げて
酸欠状態にならないように
することである
おそらくこの理論は
世界の歴史の中でも
私だけの理論であろう
実際に貴方も実践して
この効果をすぐにでも確かめる
ことが出来るだろう
ここで重要なことは
一旦出来なかったら
そこが自分の能力の限界だとして
一旦そこで挑戦をやめることである
そのことによって自然の気付きと
地に足をつけた横隔膜の動きを
確認できる
一旦それを確認してから
再挑戦する無理が
効くにとになるだろう
ここで重要なのは
先天的に生来にして
横隔膜地平喪失症とでも
言うべき状況があるということだ
つまりあなたが母体に居る時に
家庭に不幸があったり
母親が苦しんでいたり
あるいは
運命的に前世的
相当の重篤な悪い運命を
おっていたり
あるいは生まれた後でも
その幼少時に精神的外傷が
有ったばあい
うまれながらにして
横隔膜の支点地平を喪失していて
したがって
生まれながらにして
酸素欠乏症の可能性がある
ということだ
まさにこれを解決する
この心理学は名づけて
「横隔膜開放作業心理学」である
そして、
この「横隔膜開放作業心理学」での
十分な臨機応変の呼吸による
酸素の取得による腹部への
エネルギーの蓄積が
「一定の余裕のリピドーの塊」として
一定の恒常的なエネルギー体として
作動するのを確認する
つまり、最初はそのエネルギーの蓄積を
「待つ」のであるが
やがて「有る」から
始めることができる
(最終)
このようにして、特に
横隔膜開放作業心理学によって
自分の意志がこのような
しっかりとした作業心理学の上に
立つことが出来てはじめて
しっかりとした意志
そして理性をもつことができる
その上において
その理性と強い意志が
はじめて客観的に正しい判断を
自らに下すことができ
それが行動にうつせるだけの
みずからへの強制力を確保する
事が出来る
つまり
「そうあらねぱならないこと」を
「そうあらねばならないこと」とし
「やむなきこと」を「やむなきこと」とできる
もちろん
「ここで何があっても賭けに出なければならないこと」
を「ここで何があっても賭けにでなければならないこと」
とすることが出来る
まさにこの強い作業心理学の上での
強い意志による自己の悟りのコントロールこそ
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」の
最終の最終の最終の最終章であろう
このようにして
横隔膜開放作業心理学によって
120%の純生エネルギーの追い風の下に
自然の気付きの醸成のなかで
作業が形成されるプロセスを確保できた者だけが
次のステップに進むことが出来る
つまり
①同時多発的多元的労働と
②あくまで自然の気付きの醸成の労働
ととくに①が概念の絶対化に陥らないように
水と油のような組み合わせる ことにより
特にその同時多発的多元的労働の模索の
機敏の脳の動きによって
思考の想像の中だけで
次のいくつかの作業の計画が
「万全な作業計画は実働そのものに値する」
領域にはいる
①の同時多発的多元的労働は
それを実行できると非常に有効な
快感を得ることが出来
その快感が次の取り組みへの
好循環の意欲となる
ここまでくると
いわゆる不条理的環境の中で
自分の正規の作業心理学を見失っている
状態では
この①と②が真逆になっていることに気付く
つまり次のようなプロセスである
つまり不条理に直面すると
本来正常な人間の同時多発的多元的労働の
機敏性が緩慢性に陥り
その為に逆に追い込まれると
非常に無理のある自分の能力を超えた
同時多発的多元的労働をしいられることになり
しかもそれが正常な規律の中にないから
水と油のように使い分けることができず
その同時多発的意識的労働が
絶対概念化しその概念に縛られ
ガンジガラメの金縛り状態になるという
からくりである
つまり、つまり
人間がその自然状態の穏やかさの
地平を失い不条理な環境にいると
精神的に緩漫な動きをとることで
心の安定を図らざるを得ず
その結果人間本来の機敏な動きと
逆に自然な地力のゆったりした動きとの
バランスが決定的に崩れてしまう
つまり
正常な人間が常時同時多発的に
複数の作業を並行して進めていける
機敏な能力が緩漫な動きで消し去られ
逆に自然な地力に頼れないから
その分自分の行動力を逆に
きわめて意識的に作らざるを得なくなる
つまり機敏なところと自然でゆったりした所が
逆転してしまう
そして正常な人間は
この同時多発的複数労働の機敏な能力と
自然な地力との切り替えを
水と油のように瞬時に出来るのにたいして
一旦同時多発的に機敏になろうとすると
自然な地力に水と油のように瞬時に
もどれなくなり概念に一時期執着絶対概念化
体ががんじがらめになってしまう
なぜ瞬時に水と油のようにもどれないかというと
その自然な地平がもともと体感的にないから
戻るところがないから瞬時に戻れないのである
歩き方でも自然な地平がなく
不条理的環境にあると
緩漫性に陥り
緩漫になると足の付け根から
大根が歩くように
足全体を棒のようにしてあるくことになり
非常に効率が悪く疲れる
正常な人間あるいは
非常に精神状態がよく
運動能力の高い人間は
すくなくも膝下までは
全く力の抜けた自然な
ナチュラルな状態であるき
足くびだけで
体重を前に送るようにあるくが
付け根から歩くと足全体で
体重を前に移動しようとして
動きが不器用で大きくなってしまう
プロのスポーツ選手で能力の高い人間は
その歩き方はむしろ女性的で
きわめて効率がいい
つまり膝下まで力が抜け
足くびだけで体重を前に送っていて
きわめて静かな歩き方だ
プロレスラーのドリーファンク・ジュニア
中日の落合監督
そしてイチローも歩き方は静かだ
このメカニズムは
掌についても言える
つまり普通の人あるいは
非常に能力の高い人は
掌は手品師のように動いているのである
つまり掌の付け根の部分は動いていなようで
指先は裏の仕事を機敏にしているのであり
普通の人もそれに近い仕事をしている
掌の付け根が動いていないようでいることは
その分エネルギーの消費がすくなく
又動きがない分支点力になって
その状態で指先は非常に多面的な
動きをしていて効率がよいのである
しかし不条理的環境で
心の不安を緩漫性によって
保とうとすると
掌の付け根と指先が
一体で棒のようになってしまう
つまり体と心の各機能体の
効率と非効率が
正常な人間ではプラス方向に加算され
不条理化で緩漫になった人間では
マイナス方向に加算されて
総体能力高が決定されることになる
この違いは砂漠でオアシス方向に歩くか
砂漠の中央に向かって歩くかの
真逆の違いである
・このように
ナチュラルな自ら純生の追い風で
生活作業できるようになって
はじめて地平に足がつき
そしてその時はじめて
自分に対しても強い意志が持てるようになる
そして重要なことはその強い意志の上で
自分の本当の現実の実力と特質を
きわめて客観的に厳しく判断する
ことである
己を知りあきらかな現実の自分の能力の
その足元から能力の糸が切れていない
状況で第一歩の計画を立て始め
その後もきわめて厳しくその
進捗状況を精査していくことである
その上で
同時多発的複数の作業を心がけることにより
脳細胞の活性化をはかり
なおかつ水遊びの水をみちびくように
気付きエネルギーをできるだけ
想像の上で超細部までのばせるようにする
ことで
いわゆる計画想像段階で
次の作業の全体像を描き切ることを
心のノート上に書きあげることが出来る
その段階でほぼ80%はもう実行したと
同じであり
あとは塗り絵を塗るように実行するだけであり
これを
「塗り絵作業心理学」と名付けよう
これはきわめて高度な
最終段階の作業心理学である
どうやら私は
四流人間として生まれてきたようである
しかし、この「経験実証的地球物理学的大自然心理学」によって
ようやく一流にはとてもなれないが
すくなくも二流人間にはなれそうである
その最終的な作業心理学は
次の七つの作業心理学概念である
はたしてこれが
私以外の人への普遍的な汎用性があるかどうか
である
すくなくもこの
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」を
よまれて
たとえまさに雀の涙ほどでも
+αの参考になるところを
見出していただければ幸いである
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
今、このブログは限りなく最終章に
近づいているのだー
ここにある限界状況の人間がいるとしよう
その人間は自分の限界を超えるために
限界まで近づくことと
その破綻を回避するために基のナチュラルに
戻ることの極端な繰り返しをすることになる
するとその周囲の人間 とりわけ
子供はその極端な振幅の影響から
いわゆる「ダブルマインド状況」
つまり「二重束縛的環境」下になる
それは極めて危険な人格崩壊の危険域になる
そのような環境の下では
その影響下の人間も限りなく
余裕がなくなり
意識的作業心理学とナチュラルな作業心学を繰り返さざるを
えなくなる
そこでは時としてその意識的作業心理学が絶対化して
固まってしまう
その絶対化を防ぐ手段として
私が提唱するのは
「89%作業心理学」だ
つまりナチュラルな作業心理学を頭の中で
89%と言う文字で意識するようにし、
残りの11%意識的作業心理学とすれば
意識的作業心理学が絶対化することはない
つまり、ナチュラルな作業心理学が
70%としても50% 50%になる
可能性があり80%でも同じだ
しかし89という数字だけは
まちがいなく89の比率を
イメージ的に維持できる
つまりそのようにして
絶対化するリスクをさけながら
意識的作業心理学の力を借りて
総力としての個人の能力をあげていくのだ
そしてその全体の能力があるレベル以上になり
もはや意識的作業心理学をゼロにしても
成り立つ領域にはいり
まさに100%ナチュラルな力の追い風だけで
作業できる領域に到達し
その上で
つまり完全に力を抜いた状況から
自然状態から自然に効率的な機敏な動き
が自然に発生するメカニズムを分析し
その自然発生的効率作業心理学の
誘発を積極的にうながす方程式をつくることだ
では
その自然状態から自然に効率的機敏な動きが
生じるメカニズムはいくつあるかを
私の経験から列記しよう
①複雑かつ意識的作業が120%単純肉体労働化に
昇華出来たとき
②それをやれば、全体の作業の効率性が
快感を覚えるほど飛躍的にのびることが
直感出来たとき
③エルギーが蓄積されて絶対的な
地力から無条件に動きだせる時
この三つの条件を
上から次の手段で引っ張り上げ
下から次の手段で押し上げる
上からは、120%のナチュラルな
純生の追い風で作業すると
幅と深みのある作業ができるという見込み
と超細部までの想像力で
心のノートに作業計画を描き
段取り七分のその七分を想像段階で
完成させてしまう
下からはマクロ的瞬時視野認識で
脳細胞の活性かをしドーパミンの動きの
活性化で作業をしたから押し上げる
である
一般的に、精神の不条理に遭遇すると
主体の精神を安定させるために
緩漫性にさらざるを得ず
一旦緩慢になると
運動あるいは作業の力学的支点演繹性
のスピン力とてこ力が極端にうしなわれ
支点から末端までが一本の棒のように動くことになる
その改善方法としてその精神の不条理に気付き
その精神の不条理を解消し
精神の求心性と開放性のバランスのとれた核を
形成しそこから地球の成り立ちと同じような
発生機序純に組み立てなおすとようやく
作業心理学における支点演繹性の
スピン力とてこ力が効き始める
その最終段階では
支点から末端まで棒のように
なった動きの動作の中での
末端の手の指の使いまわしの
最前線において鋭さと厳しさと志向性が
戻ってきてはじめて100%の治癒が成功したと
言える。
これがさらに進化すれば、
その指先の最前線の使いまわしにおいて
その動きにおいていちいちスタートラインの
セットポジションにもどらず
それぞれの指が
それぞれに独立して瞬時に
次あるいは次の次の動きのポジションへと
交互に交錯するように超次元の効率的動くきを
それぞれが最短の曲線軌道をえがいて動くこになる
この効果を顕著に確認できる作業は
日本語入力におけるパソコンのキー打ちである
日本語の50音打ちで
この指先の交互に 指がそれぞれに
独自で最短の曲線軌道を描きながら
キーを打つやり方では極限の速さで
キーをうつことが出来るのである。
このことを
このことを
このことを一般作業心理学に
同通出来ないかを今
研究中である。
勿論 肉体的精神的核の琴線に
傷をつけないようにしながら
120%の純正の追い風をうけながらーーー
そして、そして、そして
手の指の使いまわし鋭さ、足の指の使いまわし鋭さ、
瞬時握力、瞬時腰骨力 これらが
120%の純生の追い風の中で
しかも、心と体の核の琴線を
傷つけることなく
余裕のリピドーの皮一枚
(オゾン層)を保持したまま
出来る境地だ
そして、頭の中では
次々と気付き力の水遊びの水を
最大限のばし、想像の中で
次の作業段取りを
心のノートの計画に
段取り八分ですでに完成させつづける
ことができる境地だ
これがおそらく
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」の
最終章であろう
そして、そして、
自分の肉体の弱い所
あるいは一般的に健全で
強靭な肉体を維持するための
各個人の日常的な肉体練摩の
カリキュラムを
一般作業心理学の中に織り込むようにする
私の場合は、次の五つの
肉体の運動を効率的な
鍛練方法としてシステム化している
①その場スクワット25回
頭を前から手で押さえたり
逆に後から抱え込むようにして
手首と首も同時に鍛えるようにする
②片足で立ち、浮いている足を
斜め後ろ後方に左右に
五回から十回回す
③片足で立ち、浮いている足を
腰の高さまで前に五回くらい上げる
④その場でももを高くダッシュのように
五回から十回上げる
⑤腹筋背筋の運動として
立ったままで、前屈と
反り返りを繰り返すが
頭をその方向とは逆に
前から抑えたり
後から抱え込むようにして
付加をあたえながら行う
この五つの運動が最も効率的であり
しかも、特別運動の時間を設けてやる
のではなく、空いている時間か
あるいは普通の作業でこの運動が
含まれる作業で意識的にその動きを
行うことで一般作業と肉体錬磨を
同時に行うことで効率化を図る
練習時間の節約と
練摩を前提とした一時的な
高付加の作業がまた
作業効率をその分高めるという
一石二鳥の効果を目指す
つづく
八ケ岳大自然心理学研究所
主著
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」
「逆説的ファンタジー 八ヶ岳人面山の秘密」
「詩集 草木自身のポエムの名において」
ギター
「ミラクルXギター 尾根先紅野」


撮影日H22.12.8 13:00


撮影日 2010.10.29 15:15


さあ この森林に
足を踏み入れて下さい
そして 着ている物を
全部脱いで 丸裸になって下さい
そして 木の根元に倒れ込み
貴方が望むだけ 癒されて下さい
貴方がどんな人間でも
貴方を侮蔑する者も
貴方を差別する者も
貴方を責める者も
誰もいません
この森林で
どんなに深い悲しみもストレスも
癒して下さい
その悲しみとストレスを癒すために
どうか他の罪を
犯さないで下さい・・・・・と
私は自分に言います
尾根先紅野
今日までの
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」において
ノーマルでフラットな
つまり ある特定の個人的思想や
あるいは特異な思想を出来るだけ排除した
あきらかに汎用性のある
客観的真実と正しさに根ざしたような
つまりその意味でノーマルでフラットな
数々の心理学が見えてきた
それをまずランダムに列記したあとで
それを発生機序順に並べ直していけば
一般的に人間を開かれた地平に
開放するための有効な
心理学体系が完成することになるだろう
さっそくそれを
まずはランダムに
列記することにしよう
まず項目を書きそのあとに
括弧書きでその内容を書くことにしよう
いずれにしてもこの心理学を
私がこれから実証することになるが
その成果が極めて顕著であるならば
ほぼ自動的にその成果が
社会と世界の表に顕著に
あらわれることになり
まさに尾根先紅野のペンネームが
このブログというよりも
社会の表側から
貴方に届くことになるだろう
ほぼ自動的にー
きっと貴方も
このランダムに列記された
フラットでノーマルな
有効な心理学用語を
ただ目で追っているだけで
その効果があなたの
心の中に現れるに違いない
まず列記の仕方であるが
最初は思いつくままにランダムに
書いていくが徐々に
解脱順序純に番号を打っていく
ようにする
①求心性と開放性のバランスのとれた核
(精神の炉心融解を起こすような
求心性でもなくまた赤色巨星のような
行き過ぎた開放性でもなく)
マントル対流
モホロピチッチ不連続帯
(マントル対流の上に
比較的安定した地殻の元に
なるような地層をつくる)
地殻
水、海洋
生命活動
水の循環
酸素、オゾン層までの一連の
地球物理学的大自然心理学の
心理学モデル

・この求心性と開放性のバランスのとれた
穏やかさの核を非解脱方向の
慢性的な環境下で確保することは
私の経験上きわめて困難だ
場合によっては十年以上かかる
それは自分の個別的な状況に応じた
個別的なオリジナルな手段となる
可能性が高い
私の場合の手段を一つの例として列記しよう
次の三つの画像と次の一つの詩だ
これを名づけて「苦肉の策画像心理学」である
つまり、心理療法では私の経験では
一番効率的でしかも安定的に自力で
供給できるのは絵画療法である
その理由は、まず視覚的に認識することが
音楽やあるいはその他の方法に比べ
安定的に自立的に供給できるということである
Ⅰ、ミラクルXフォットアルバム「井戸から汲み上げた水の滴る音」

2,ミラクルXフォットアルバム「草むらのギリシャ彫刻」
3、ミラクルXフォットアルバム「紅葉の森林」

4、ベルレーヌの詩
秋の日の ギオロンの
溜息の 身にしみて
ひたぶるに うらかなし
げに我は うらぶれて
ここかしこ 定めなく
とびちらう 落ち葉かな
(こつとしては、他人からすれば
「なんだそんなものがー」と馬鹿に
されるようなきわめて個人的な
イメージの苦肉の策のくみあわせである)
いずれにしても、ここで重要なことは
「ほぼ100%他力本願であるものを
ほぼ100%自力で供給できるシステムを
つくるという相矛盾した作業をするという
きわめて高等なテクニックを要するということである
つまり、あくまで他力本願であるイメージを
他人に依存せず、故に安定的に自力で
供給することでより安定した恒常的な
穏やかさの精神の核をつくるということである
なぜ他力なのか?それは人間が
被造物であるからであり故に
基本的に自分で自分を癒すことはできない
という弱さを認めることで逆に自立できる
のであり、その他力を供給するシステムを
自力で出来るようにすることで
より安定するということである
この三つの写真はその意味で
それなりの必然性がある
まず「井戸水の滴る音は求心的な
心の安らぎであり「草むらのギリシャ彫刻」は
その顔の表情から家族やあるいは
人間同士の愛にみちたコミニュケーションまで
連想されるものであり
その意味で開放性を暗示している
まさにこのイメージの二つのものが
求心性と開放性のバランスを保っている
のであり そのバランスを象徴しているのが
次の「紅葉の森林」である
さらに「ベルレーヌの詩」は
まさに人間の言葉のもつ癒しであり
より具体的な人間性をかんじるものである
しかもこれら三つのものは
いずれも他力本願的なイメージでありながら
しかもこの四つのものを自分に供給するのは
いつどこでも自主的に100%供給できる
安定感があるということである
これは極論であることを自認した上で言うならば
自分の好きな詩を唱えながら
病におかされた患部をさすれば
だいたい5%位の確立で治癒するといった
意味での効果である
もちろん癌においても可能と思われる
・水遊びの水を
出来るだけ遠くに導く
・カーリング人間作業心理学
(あらゆる障害を最大限
取り除くことで最少のエネルギー
で最大遠くまで滑っていくことができ
しかも目標をねらえる)
・ハイブリット自動車人間作業心理学
(意識的作業心理学とナチュラルな
自然の作業心理学のスムーズの切り替え術)
・因幡の白兎人間作業心理学
・気付きエネルギー(気付くという
脳細胞のドーパミンの動きが
そのまま筋肉をうごかす
筋力エネルギーになる)
・カメムシ作業心理学(一見
ゆっくりした動きのような
作業の継続が
思いのほか相当量の成果を上げる)
・目前の作業を無条件にとにかく
最速でやるようにする
・基礎的活動項目は一定のリズミカルな
機敏性の中でしかも疲労をともなわず
120%の純生のエネルギーの追い風
で出来るようにする。この時注意することは
この機敏性が概念の絶対化をおこさないように
あくまで120%の純生の追い風を原則とし
機敏性はスパイス心理学としてふりかけるようにする
・(暫定NO.30)効率的な歩行心理学
歩き方は極めて重要である。つまり
まさに120%の純生の追い風で
基本的にはゆったりと自然につかれなく
歩きながら、しかし、その足の指で体重を
前に前に送るようにすることで
純生(純なる生のちから)の追い風で
歩きながらしかも体重を前に送ることで
効率的に歩くことができるということで
一日の作業の効率を飛躍的に疲れなく
高めることができる
・(暫定NO.31)
手品師のような手の使い方作業心理学
これもきわめて重要である。
つまり日常の作業のすべてにおいて
手品師のような手の使い方をすることで
マジックのような効率的な作業を
一日中することができる
コツは掌の根元を支点にして
指をできるだけ遠くに延ばしかつ
その指先で可能な限りの自在な
動きと作業をさせることである
(暫定NO.32)
この二つの曲き極めて重要である
つまりこの二つの曲は
父性的な悟りきった人格と
もう一つは品のある女性的な
優しさの曲であり
この二つの曲の間に
ノーマルで落ち付いた穏やかな
心が存在することが出来る
この二つの曲の間の境地で
はじめてあわてることなく
おちついて静かに作業する
作業心理学が実行でき
そのしずかで穏やかな作業の継続が
まさにカメムシ作業心理学とおなじ
ゆつくりとした作業が
思いのほか相当量の作業をこなすことが
出来るという境地に到達する
(最終の数歩手前)つまり、つまり、つまり、つまり、
つまり
心に不安や、あるいは不備がある場合
その状態で社会の様々なノルマのさらされ
それを消化しなければならなくなる場合
そこでの作業心理学は
「ねぱあらない」という意識的な
客観的判断を多様しないと
現実に 対応できなくなり
その結果、人間の行動判断の
自然状態からの起働の感覚を失ってしまう
つまり本来ならば
十分な余裕の中で事前の事態にたいする
行動は 自然の模索の自然の気付きの中で
自然に醸成されるものであるという
部分が欠落することになる
するとどうなるか
人間は肉体的にも影響がでる
つまり自然状態の地平にたいして足が
ついていないので
横隔膜の呼吸をする筋肉の
演繹的支点力が弱まり
自分の思考と運動にたいする
瞬時の酸素不足分を供給できなくなる
つまり瞬時に横隔膜を広げて
呼吸できなくなるので
つねに酸欠状態になり
体が疲れることになる
これを回避するには
もう一度人間の行動判断が
自然状態の中での自然の
気付きで徐々醸成されるものである
というプロセスに気付き
そのように意識することで
横隔膜の筋肉が
きちっと安心の地平に
重芯を降ろすことで
それぞれ之状況に応じて
瞬時に横隔膜を広げて
酸欠状態にならないように
することである
おそらくこの理論は
世界の歴史の中でも
私だけの理論であろう
実際に貴方も実践して
この効果をすぐにでも確かめる
ことが出来るだろう
ここで重要なことは
一旦出来なかったら
そこが自分の能力の限界だとして
一旦そこで挑戦をやめることである
そのことによって自然の気付きと
地に足をつけた横隔膜の動きを
確認できる
一旦それを確認してから
再挑戦する無理が
効くにとになるだろう
ここで重要なのは
先天的に生来にして
横隔膜地平喪失症とでも
言うべき状況があるということだ
つまりあなたが母体に居る時に
家庭に不幸があったり
母親が苦しんでいたり
あるいは
運命的に前世的
相当の重篤な悪い運命を
おっていたり
あるいは生まれた後でも
その幼少時に精神的外傷が
有ったばあい
うまれながらにして
横隔膜の支点地平を喪失していて
したがって
生まれながらにして
酸素欠乏症の可能性がある
ということだ
まさにこれを解決する
この心理学は名づけて
「横隔膜開放作業心理学」である
そして、
この「横隔膜開放作業心理学」での
十分な臨機応変の呼吸による
酸素の取得による腹部への
エネルギーの蓄積が
「一定の余裕のリピドーの塊」として
一定の恒常的なエネルギー体として
作動するのを確認する
つまり、最初はそのエネルギーの蓄積を
「待つ」のであるが
やがて「有る」から
始めることができる
(最終)
このようにして、特に
横隔膜開放作業心理学によって
自分の意志がこのような
しっかりとした作業心理学の上に
立つことが出来てはじめて
しっかりとした意志
そして理性をもつことができる
その上において
その理性と強い意志が
はじめて客観的に正しい判断を
自らに下すことができ
それが行動にうつせるだけの
みずからへの強制力を確保する
事が出来る
つまり
「そうあらねぱならないこと」を
「そうあらねばならないこと」とし
「やむなきこと」を「やむなきこと」とできる
もちろん
「ここで何があっても賭けに出なければならないこと」
を「ここで何があっても賭けにでなければならないこと」
とすることが出来る
まさにこの強い作業心理学の上での
強い意志による自己の悟りのコントロールこそ
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」の
最終の最終の最終の最終章であろう
このようにして
横隔膜開放作業心理学によって
120%の純生エネルギーの追い風の下に
自然の気付きの醸成のなかで
作業が形成されるプロセスを確保できた者だけが
次のステップに進むことが出来る
つまり
①同時多発的多元的労働と
②あくまで自然の気付きの醸成の労働
ととくに①が概念の絶対化に陥らないように
水と油のような組み合わせる ことにより
特にその同時多発的多元的労働の模索の
機敏の脳の動きによって
思考の想像の中だけで
次のいくつかの作業の計画が
「万全な作業計画は実働そのものに値する」
領域にはいる
①の同時多発的多元的労働は
それを実行できると非常に有効な
快感を得ることが出来
その快感が次の取り組みへの
好循環の意欲となる
ここまでくると
いわゆる不条理的環境の中で
自分の正規の作業心理学を見失っている
状態では
この①と②が真逆になっていることに気付く
つまり次のようなプロセスである
つまり不条理に直面すると
本来正常な人間の同時多発的多元的労働の
機敏性が緩慢性に陥り
その為に逆に追い込まれると
非常に無理のある自分の能力を超えた
同時多発的多元的労働をしいられることになり
しかもそれが正常な規律の中にないから
水と油のように使い分けることができず
その同時多発的意識的労働が
絶対概念化しその概念に縛られ
ガンジガラメの金縛り状態になるという
からくりである
つまり、つまり
人間がその自然状態の穏やかさの
地平を失い不条理な環境にいると
精神的に緩漫な動きをとることで
心の安定を図らざるを得ず
その結果人間本来の機敏な動きと
逆に自然な地力のゆったりした動きとの
バランスが決定的に崩れてしまう
つまり
正常な人間が常時同時多発的に
複数の作業を並行して進めていける
機敏な能力が緩漫な動きで消し去られ
逆に自然な地力に頼れないから
その分自分の行動力を逆に
きわめて意識的に作らざるを得なくなる
つまり機敏なところと自然でゆったりした所が
逆転してしまう
そして正常な人間は
この同時多発的複数労働の機敏な能力と
自然な地力との切り替えを
水と油のように瞬時に出来るのにたいして
一旦同時多発的に機敏になろうとすると
自然な地力に水と油のように瞬時に
もどれなくなり概念に一時期執着絶対概念化
体ががんじがらめになってしまう
なぜ瞬時に水と油のようにもどれないかというと
その自然な地平がもともと体感的にないから
戻るところがないから瞬時に戻れないのである
歩き方でも自然な地平がなく
不条理的環境にあると
緩漫性に陥り
緩漫になると足の付け根から
大根が歩くように
足全体を棒のようにしてあるくことになり
非常に効率が悪く疲れる
正常な人間あるいは
非常に精神状態がよく
運動能力の高い人間は
すくなくも膝下までは
全く力の抜けた自然な
ナチュラルな状態であるき
足くびだけで
体重を前に送るようにあるくが
付け根から歩くと足全体で
体重を前に移動しようとして
動きが不器用で大きくなってしまう
プロのスポーツ選手で能力の高い人間は
その歩き方はむしろ女性的で
きわめて効率がいい
つまり膝下まで力が抜け
足くびだけで体重を前に送っていて
きわめて静かな歩き方だ
プロレスラーのドリーファンク・ジュニア
中日の落合監督
そしてイチローも歩き方は静かだ
このメカニズムは
掌についても言える
つまり普通の人あるいは
非常に能力の高い人は
掌は手品師のように動いているのである
つまり掌の付け根の部分は動いていなようで
指先は裏の仕事を機敏にしているのであり
普通の人もそれに近い仕事をしている
掌の付け根が動いていないようでいることは
その分エネルギーの消費がすくなく
又動きがない分支点力になって
その状態で指先は非常に多面的な
動きをしていて効率がよいのである
しかし不条理的環境で
心の不安を緩漫性によって
保とうとすると
掌の付け根と指先が
一体で棒のようになってしまう
つまり体と心の各機能体の
効率と非効率が
正常な人間ではプラス方向に加算され
不条理化で緩漫になった人間では
マイナス方向に加算されて
総体能力高が決定されることになる
この違いは砂漠でオアシス方向に歩くか
砂漠の中央に向かって歩くかの
真逆の違いである
・このように
ナチュラルな自ら純生の追い風で
生活作業できるようになって
はじめて地平に足がつき
そしてその時はじめて
自分に対しても強い意志が持てるようになる
そして重要なことはその強い意志の上で
自分の本当の現実の実力と特質を
きわめて客観的に厳しく判断する
ことである
己を知りあきらかな現実の自分の能力の
その足元から能力の糸が切れていない
状況で第一歩の計画を立て始め
その後もきわめて厳しくその
進捗状況を精査していくことである
その上で
同時多発的複数の作業を心がけることにより
脳細胞の活性化をはかり
なおかつ水遊びの水をみちびくように
気付きエネルギーをできるだけ
想像の上で超細部までのばせるようにする
ことで
いわゆる計画想像段階で
次の作業の全体像を描き切ることを
心のノート上に書きあげることが出来る
その段階でほぼ80%はもう実行したと
同じであり
あとは塗り絵を塗るように実行するだけであり
これを
「塗り絵作業心理学」と名付けよう
これはきわめて高度な
最終段階の作業心理学である
どうやら私は
四流人間として生まれてきたようである
しかし、この「経験実証的地球物理学的大自然心理学」によって
ようやく一流にはとてもなれないが
すくなくも二流人間にはなれそうである
その最終的な作業心理学は
次の七つの作業心理学概念である
はたしてこれが
私以外の人への普遍的な汎用性があるかどうか
である
すくなくもこの
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」を
よまれて
たとえまさに雀の涙ほどでも
+αの参考になるところを
見出していただければ幸いである
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
今、このブログは限りなく最終章に
近づいているのだー
ここにある限界状況の人間がいるとしよう
その人間は自分の限界を超えるために
限界まで近づくことと
その破綻を回避するために基のナチュラルに
戻ることの極端な繰り返しをすることになる
するとその周囲の人間 とりわけ
子供はその極端な振幅の影響から
いわゆる「ダブルマインド状況」
つまり「二重束縛的環境」下になる
それは極めて危険な人格崩壊の危険域になる
そのような環境の下では
その影響下の人間も限りなく
余裕がなくなり
意識的作業心理学とナチュラルな作業心学を繰り返さざるを
えなくなる
そこでは時としてその意識的作業心理学が絶対化して
固まってしまう
その絶対化を防ぐ手段として
私が提唱するのは
「89%作業心理学」だ
つまりナチュラルな作業心理学を頭の中で
89%と言う文字で意識するようにし、
残りの11%意識的作業心理学とすれば
意識的作業心理学が絶対化することはない
つまり、ナチュラルな作業心理学が
70%としても50% 50%になる
可能性があり80%でも同じだ
しかし89という数字だけは
まちがいなく89の比率を
イメージ的に維持できる
つまりそのようにして
絶対化するリスクをさけながら
意識的作業心理学の力を借りて
総力としての個人の能力をあげていくのだ
そしてその全体の能力があるレベル以上になり
もはや意識的作業心理学をゼロにしても
成り立つ領域にはいり
まさに100%ナチュラルな力の追い風だけで
作業できる領域に到達し
その上で
つまり完全に力を抜いた状況から
自然状態から自然に効率的な機敏な動き
が自然に発生するメカニズムを分析し
その自然発生的効率作業心理学の
誘発を積極的にうながす方程式をつくることだ
では
その自然状態から自然に効率的機敏な動きが
生じるメカニズムはいくつあるかを
私の経験から列記しよう
①複雑かつ意識的作業が120%単純肉体労働化に
昇華出来たとき
②それをやれば、全体の作業の効率性が
快感を覚えるほど飛躍的にのびることが
直感出来たとき
③エルギーが蓄積されて絶対的な
地力から無条件に動きだせる時
この三つの条件を
上から次の手段で引っ張り上げ
下から次の手段で押し上げる
上からは、120%のナチュラルな
純生の追い風で作業すると
幅と深みのある作業ができるという見込み
と超細部までの想像力で
心のノートに作業計画を描き
段取り七分のその七分を想像段階で
完成させてしまう
下からはマクロ的瞬時視野認識で
脳細胞の活性かをしドーパミンの動きの
活性化で作業をしたから押し上げる
である
一般的に、精神の不条理に遭遇すると
主体の精神を安定させるために
緩漫性にさらざるを得ず
一旦緩慢になると
運動あるいは作業の力学的支点演繹性
のスピン力とてこ力が極端にうしなわれ
支点から末端までが一本の棒のように動くことになる
その改善方法としてその精神の不条理に気付き
その精神の不条理を解消し
精神の求心性と開放性のバランスのとれた核を
形成しそこから地球の成り立ちと同じような
発生機序純に組み立てなおすとようやく
作業心理学における支点演繹性の
スピン力とてこ力が効き始める
その最終段階では
支点から末端まで棒のように
なった動きの動作の中での
末端の手の指の使いまわしの
最前線において鋭さと厳しさと志向性が
戻ってきてはじめて100%の治癒が成功したと
言える。
これがさらに進化すれば、
その指先の最前線の使いまわしにおいて
その動きにおいていちいちスタートラインの
セットポジションにもどらず
それぞれの指が
それぞれに独立して瞬時に
次あるいは次の次の動きのポジションへと
交互に交錯するように超次元の効率的動くきを
それぞれが最短の曲線軌道をえがいて動くこになる
この効果を顕著に確認できる作業は
日本語入力におけるパソコンのキー打ちである
日本語の50音打ちで
この指先の交互に 指がそれぞれに
独自で最短の曲線軌道を描きながら
キーを打つやり方では極限の速さで
キーをうつことが出来るのである。
このことを
このことを
このことを一般作業心理学に
同通出来ないかを今
研究中である。
勿論 肉体的精神的核の琴線に
傷をつけないようにしながら
120%の純正の追い風をうけながらーーー
そして、そして、そして
手の指の使いまわし鋭さ、足の指の使いまわし鋭さ、
瞬時握力、瞬時腰骨力 これらが
120%の純生の追い風の中で
しかも、心と体の核の琴線を
傷つけることなく
余裕のリピドーの皮一枚
(オゾン層)を保持したまま
出来る境地だ
そして、頭の中では
次々と気付き力の水遊びの水を
最大限のばし、想像の中で
次の作業段取りを
心のノートの計画に
段取り八分ですでに完成させつづける
ことができる境地だ
これがおそらく
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」の
最終章であろう
そして、そして、
自分の肉体の弱い所
あるいは一般的に健全で
強靭な肉体を維持するための
各個人の日常的な肉体練摩の
カリキュラムを
一般作業心理学の中に織り込むようにする
私の場合は、次の五つの
肉体の運動を効率的な
鍛練方法としてシステム化している
①その場スクワット25回
頭を前から手で押さえたり
逆に後から抱え込むようにして
手首と首も同時に鍛えるようにする
②片足で立ち、浮いている足を
斜め後ろ後方に左右に
五回から十回回す
③片足で立ち、浮いている足を
腰の高さまで前に五回くらい上げる
④その場でももを高くダッシュのように
五回から十回上げる
⑤腹筋背筋の運動として
立ったままで、前屈と
反り返りを繰り返すが
頭をその方向とは逆に
前から抑えたり
後から抱え込むようにして
付加をあたえながら行う
この五つの運動が最も効率的であり
しかも、特別運動の時間を設けてやる
のではなく、空いている時間か
あるいは普通の作業でこの運動が
含まれる作業で意識的にその動きを
行うことで一般作業と肉体錬磨を
同時に行うことで効率化を図る
練習時間の節約と
練摩を前提とした一時的な
高付加の作業がまた
作業効率をその分高めるという
一石二鳥の効果を目指す
つづく