「経験実証的地球物理学的大自然心理学」
もいよいよ本当に完成に近づいたきた
自らの発生のプロセスを検証し
そして地球の地殻構造をモデルとして
健全な精神を検証し
その上でそのナチュラルな無尽蔵の
自然の力がみずからの内部から
湧き出る実感を体験し
その追い風に身をまかせて
すべての作業と生活をまかなえるのだ
という実感に至ることが重要だ
そして自分の生活と人生が
その自然のエネルギーにまかせておけば
それが補償してくれるのだ
ということの安心感に至ることである
つまり
「地球の核に火をつけにいくものはいない」のである
だれも地球の自然現象の循環を
意識的にするものはいない
火山活動からマントル対流から
あるいはプレートテクニクス理論から
すべては自然がやってくれることである
つまり
たとえばこの世界の素粒子は
六個まで発見されている
地球の構造はどうも六角形であるようだ
その証拠には
地球の表面のいわゆる海溝というものは
地球全体で大きいものは六個あり
しかもそれはだいたい60度ごとにある
その地球が回転することで
宇宙エネルギーをとりいれているようだ
これを哲学的かつ心理学的に
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」として
応用すれば
ビックバンからはじまった初期の宇宙の
爆発的矛盾は
六個の素粒子の誕生で落ち付いたと考えられる
つまり当初の二極分解の爆発的相克が
六個の素粒子による弁証法的止揚によって
ようやく落ち着いたと考えられる
つまりこれはわれわれの日常における
様々の矛盾や悩みや苦しみ
そして作業心理学においてそのまま
あてはまるのである
つまり
もしわれわれの日常に
ビックパンとおなじような
初期的二極分解の相克の苦しみがあっても
だいたい六個の解決策の概念を探し
そしてそれを地球の回転とおなじように
その六個の概念を回転させることで
われわれ自身の中に宇宙エネルギーをとりいれる
ことができるのではないかー
なぜ六個なのか
おそらく二極分解の矛盾が
6段階まで止揚されると
可逆的に二極分解されなくなり
矛盾が恒久的にばらける
数学的なメカニズムなり
方程式があるからではないかと
素人ながらに思うところである
つまり俗っぽく言うと
友達も6人作った瞬間
いままでになく心が
落ち付く変化点があるかもしれない
あるいは常に聞く音楽を
6曲用意したとき
いままになく落ち付く
変化点を自覚できるかもしれない
その時自分の中に
無尽蔵の核が生じ
それを追い風としてすべてをまかせて
日常を生きることが出来るのである
より具体的には
日常の作業と生活を
最少エネルギーで
ナチュラルな力の追い風だけで生きるように
することで自分の中に
力の貯めと余裕がうまれ
その余裕が細胞学での無条件の集中力となり
いままで神経が集中出来なかったことにも
集中出来るようになる
その上で
自分の中の自然のどんなに些細な
偶発的かつ微細なやる気の気付きを
逃さないようにメモルことが
極めて重要である
つまり財布の中に
ちいさなノートと
消しゴム付き鉛筆の
短く切ったもので
芯がおれないように
少し短くまるい芯の鉛筆を
なくすリスクも考えて2本
常時いれておき
ほんのわずかの自分のやる気の
気付きを逃すことなく
そのノートと鉛筆でメモルことで
その偶発的なものを担保するのである
しかも項目ごとに少し行をあけ
その行の中で自分が
さらに実効に移せる切り込み口
あるいは行動導入口まで
少しずつメモ模索で増幅させ
行動に移せるようにする
この2点だ
つまり
①最少のエネルギーで生活し
エネルギーをため
自然のナチュラルな追い風力だけで
いきる実感に到達し
②ほんのわずかの
やる気の気付きをメモルことで
担保しさらに行動導入口まで
弁証法的に止揚するのである
この自然のナチュラルな追い風の力
だけで自分は生きれるのだという
実感と安心感に到達すると
そのカテゴリーの中で
その枠の中で
ある程度意識的な効率的動きも
コントロールし
ナチュラルな力とエネルギーの追い風の中で
ある程度無理することも出来
その無理がこの追い風のあくまで
カテゴリーの中にあるという境地に
至ったとき
私 あるいは
君は いよいよもって
「経験実証的地球物理学的大自然心理学」を
自らの中に完成することが出来るようになるのである

