農家の個別所得補償の対象があきらかになつた

当面は米農家にたいして共済に加入している農家を

対象にして一定以上の栽培農家を対象にして

保障するという


かっての食管制度のような

弊害がまた再燃する危険性はないのか

米あまり現象が顕著になったときどうするのか


自由経済の市場原理のままに現状のようにしておけば

経営の拡大で生き残る農家は自律して生き残るし

生き残れない農家は

米以外の作物に転換したり

あるいはそれもできず農地があれるというなら

市場経済の中で農地の管理の別の農地を

荒廃させない対策が自然にくまれていくはずである


たとえば休耕田を大規模に一括市町村が管理し

たとえば大規模に蕎麦などを栽培するとか

生き残るための市場原理にもとづいた措置を

さがしていくのであり

まさにその方向にむかって

つい最近まで良好な傾向が芽生えていたはずである


その中で今

また個別補償なるものを始めれば

せっかく市場原理にもとづいた

あらゆる面での自立した生き残り策が芽生えていたものが

水疱と化し

国が全面的に面倒をみるという

きわめて大規模なあらたな失費を伴うことになる


予測しよう

これは必ず破たんするだろう

米の個別所得補償をしながら

なおかつまた徹底した減反政策を取るという

相矛盾するジレンマに100%陥るはずだ


つまり米だけを保障すれば

米栽培農家が増大し米あまり現象になる

かといって米以外の作物について保障すれば

その対象を絞る根拠を

米のような特定の枠で

くくれる作物の枠を作ることは

平等原則のもとではどこにもなく

結局全面的に近い拡大を図るしかなく

膨大な予算の出費となるだろう

その中であえて保障の限定した枠をつくれば

その枠の周辺では矛盾とアンバランスから

様々な摩擦が生じるはずである


これはあのチョンボ政治家の

小沢一朗が自民党の政治基盤である

農業分野において票を獲得するために

思いつきで考えだしたものにすぎない


農業はゆるやかな市場原理にまかせて

おけばいいのだ

そして生き残る農家と淘汰される農家の自然の成り行き

にまかせ

その中で地域の自然や風土に問題があるとすれば

一括した市町村の管理とボランティアと

そして農家自身の地域社会奉仕的な

無償の管理の誠意に任せるべきであり

おそらく今後社会というものを

健全に保つには国家が全面的に保障するというのではなく

このような

「地域社会奉仕的な無償の管理の誠意」

があらゆる面で機能していくというのが

次の世代の地球の体制であろう