地球の核にあたる部分の
心の温かさというものにおいて
それが総合的にバランスのとれた
トータルとしての要件をみたしたものである
ことが重要である
そのトータルの条件
つまり心の温かさにおいて
もっとも重要な要素は
「求心性」と「開放性」のバランスである
つまりわかりやすくその求心性と開放性の意味
を説明すると
求心性とは寺に入りあるいは山ごもりし
ひたすら孤独の中で自分の内部の
心の真実を求める過程であり
解放性とは全く逆で
より開かれた社会性の中で
その学校や職場や地域の人間関係の
人とのふれあいの中から会得する
人間の心の真実である
この「求心性」と「開放性」の悟りには
絵に描いたような
明らかな矛盾とジレンマがある
この典型的なジレンマをほとんどの人が
知ろうとしないし知っていない
つまり求心性の悟りを得るためには
あくまで求心的方向にいかざるを得ず
逆に開放的な悟りを得るためには
開放的な方向に行かざるを得ず
それが極端化すると
それぞれがそれぞれから遠くなる
つまり典型的なのは
とくに求心的な悟りの必要性が高まりすぎ
求心的方向にいくと開放的方向に
帰ってこれなくなる
人間はこの両方をバランスよく
持っていなければならないが
ここで重要なのは
その人の人生の問題性が大きすぎ
ある一定の枠を超えてしまうと
この両方を同時に維持できなくなり
まずは片方をもとめるしかなくなり
本来は5+5=10の癒しの質量がいるものを
その片方にその10の質量を全部傾注せざるを
得ないために本当にどこまでも
求心的に深くはいりこんでいくことになる
これを私は「精神の炉心融解」と呼んでいる
逆は開放的な方向にその悟りあるいは
ストレスの吐けぐちをもとめると
どこまでも世俗的なものにおぼれていくことになり
求心的なものにむかって世俗を離れることが
怖くなる
ここから学ぶことは
自分以外の第三者たとえば子供などに
これほどまでに重篤な問題性をあたえては
ならないことであり
不幸にもそのような環境下に育った人間は
開放性と求心性の双方間の距離が
1579.567km(仮に)以上にはなれないように
双方のバランスの中で
暫定的模索 暫定的模索 暫定的模索を繰り返し
ながら最終的に57.113kmの距離内に
治まるようにとくにイメージの筋肉化を
成功させなければならない
たとえば音楽にたとえるとよくわかる
あまりにも優しすぎる音楽は
求心的すぎて現実の職場などの
環境に戻りずらくなるし
あまりにも快活な音楽は
逆に疲れが早く来る
この双方が適度な波をもって
波動のように混合された音楽こそが
癒しの音楽ということになる
この両輪がきちっとバランスがとれていなければ
ならないし
実際にそういうものでないと日常生活の中で
効果を出して機能しない
かってある寺の僧侶が
非常に過酷な名のある修行を
一回見事になしとげた
その僧侶が生死にかかわるその苛酷な
修行をもう一回挑戦しこれも見事に
成し遂げた
その僧侶がその二回目の修行で得たことについて
述べた言葉は非常に重要である
つまり
「二回目の修行でさらに何かえるものはないかと
修行したが何もないということがわかった」
ということである
つまり求心的な修行だけでは
人間の心の真実とりわけ
そのバランスのとれた温かさには
到達できない
やはり現実の様々な矛盾やあるいは
相互の助け合いなどの現実社会の最前線
での修行とのバランスなくして
地球の核に相当するバランスのとれた
心の温かさには到達できない
このバランスのとれた心の温かさに到達すると
ある極めて重要な作業心理学上のメリットが出てくる
つまり
持続的で健全なポジティブなナチュラルな
リピドーが自然に生じるようになることにより
「見ると気づく」
「気付くと具体的な考えが直ぐわく」
「具体的な考えが直ぐわくとそれによる
神経細胞内でのドーパミンの動きそのものが
最小エネルギーで全身の筋肉を動かす」
つまり
「気付くとすぐに具体的な考えが湧き
考えが湧くエネルギーがそく筋肉の動きになる」
という構図である
つまり つまり
料理と同じでもっとも良質な素材としての
心の温かみを作るということである
良質な野菜からは
良質な料理がうまれる
自分の心の温かみを
もっとも良質なそして自然な
野菜づくりと位置づける
最少エネルギーで次々と
ほとんどゼロリピドーで慣性のまま作業
していくためには
気付きエネルギーがそく
気の利いた「次の作業や行動についての考え」
が湧くということが大事である
もう一度言おう
「考が湧く」ということである
考えてはじめて 脳細胞の神経内を
ドーパミンが移動する
そのドーパミンの動きを
即自然に筋肉の動きにもっていけば
まさにゼロリピドーのまま慣性のまま
作業していける
つまり
良質な心の温かみとしての地球の核を
形成すれば
そこからマントル対流から地殻が構成され
海が出来 酸素が出来 地上の水の流れができ
様々の生物が生息し
そして進化し そして 地球の大気圏を脱出して
宇宙空間の様々な近くの星との
重力の釣り合う空間に
宇宙ステーションを建設し
そしてそこから宇宙にむかって
ほとんどゼロリピドーのまま
宇宙空間を慣性のままに飛行できるのである
それもなにもすべて地球の核としての
良質な心の温かみから出ていることである
つまりロケットで大気圏を脱し
さらに宇宙ステーションから
次の宇宙にむけて飛び立つ過程こそ
「考えが湧く」という部分であり
ドーパミンの動きである
その動きの力の程度で
宇宙に飛び出す初期推進力が出来
後は慣性のまま走っていける
つまり作業していけるのである
その推進力を
「山スミレを揺らす静かな風」のように
感じられればそれこそ最終境地である
つづく