今から、5,6年前、私は、長野県諏訪市の有賀峠の道路工事の現場代理人をしていた。もともと、土木の現場代理人などという頭と体力を極限まで使うような仕事は、私にははるかにオーバーワークであった。仕事の内容は有賀峠の長さ150m位のカーブの部分の谷川の道路の擁壁を、テールアルメという厚さ15㎝で1m50角位のコンクリートの板を高さ15m位まで積み上げるという工事である。確か、12月に入っていて、もう雪が時折降り、雪をかきながらの難工事だった。コンクリートの板は垂直に積み上げ、それが表に倒れないように鉄の細い板状のものを後に25㎝の層ごとにはわし、砕石で埋め十分転圧して強度を出すという工事である。
あれは、下から4m位まで積み上げた時だった。工事の基本として、一日の作業は採石を十分転圧したところで終了する必要があった。というのは採石をただ均した状態でその日の作業をやめた場合、その夜雨が降ると雨が砕石の間に侵入し、そのまま、冬なので凍結すると、全体が仕上がった時、水を含んだ層が出来ることになり、来年温かくなってその凍結した部分が解けると、水を含んだ層だけが流動化し、コンクリートの板が表に張り出すことになり、最悪の場合は、全体が崩壊する危険性さえある。採石を転圧しておけば、ある程度水をはじくので、危険性は軽減されるのである。たまたま、その日は、ダンプでの砕石の搬入にてこずり、夕方までに均した部分を全部転圧することができなかった。
その夜だった。天気予報には十分注意をしていたが、当初の予想よりはるかに早く台風が接近して来ていた。予報によれば、よる12時位に静岡県に上陸し、予想進路はまっすぐで、まさに私の現場直撃の可能性があった。もし今夜この台風がくれば、工事現場は水浸しになり、テールアルメの工事は取り返しのつかない状態になる危険性があった。ただでさえ、能力オーバーで日常的に心身ともにまいっていた私はパニック状態になった。
しかし、もうどうすることもできなかった。まさに神に祈るしかなかった。夜12時ころ、台風は予報通り静岡に上陸し進路もまっすぐ北上していた。私は祈るしかなかった。「神様お願いします」と一秒に一回唱え、それを確か一万回近く唱えたという記憶がある。それがどれくらいの時間だったか定かではないがー すると台風がほとんど直線で北上していたものが、長野県の飯田市あたりで、突然45度くらい東に進路を変えたのだ。
ニュースでも「なぜか突然進路を東に変えました」というような放送をしていたような記憶がある。私はあえて、私が祈ったからだとは言わない。偶然かもしれない。しかし、私の人生の中でも忘れられない衝撃的な経験であった。これは事実である。