近年、「アセンション」とか「次元上昇」とかいう言葉をブログや動画でよく目にしたり聞くようになりました。
では「666の世が終わる」まで苦労に苦労を重ね、耐えに耐え忍び、何とか生き延びることができれば、あとはいとも簡単に「六六六(神人合一)の世」に移行することはできるのでしょうか?
結論から先に言えば、「そう簡単にはいきそうにもありません」としか言いようがありません。
「死または仮死」を恐れなければ「簡単に移行できる」とも言えますが、それを恐れる「臣民」にとっては「不安、恐怖」の何物でもありません。
では日月神示をみてみましょう。
五十黙示録 星座の巻 第八帖
人民一度死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、今迄の衣をぬいで下されと申してあろう、世がかわると申してあろう、地上界の総てが変るのぞ、人民のみこのままと言うわけには参らぬ、死んで生きて下されよ、タテカヘ、タテナホシ、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合うのであるから、人民にはガテンゆかん、新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ。
五十黙示録 五葉の巻 第十五帖
今に大き呼吸(いき)も出来んことになると知らせてあろうが、その時来たぞ、岩戸がひらけると言ふことは【半分のところは天界となることぢゃ、天界の半分は地となることぢゃ】、今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸はひらけんぞ、今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ、一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れかえて、ミロクの世の人民としてよみがへらす仕組、心得なされよ、神様でさへ、この事判らん御方あるぞ、大地も転位、天も転位するぞ。
「臣民」は一度死ぬか、最低でも仮死状態にならなければ「ミロクの世」にはいけないようです。
「今迄の衣」とは「いまの物質だけでできた身体(肉体)」を指します。
「大神様」は、いまの物質だけでできた「臣民の肉体」からいったん「臣民の魂」だけ抜いて、一時死の状態または仮死の状態にしてから、半霊半物質でできた「新しい体(衣)」に「臣民の魂」を入れ直すと述べられています。
そしてそのことは下々の「神様」にも知らせていないことだとも述べられています。
「臣民」が「死または仮死状態」になる時こそ、本当の意味での「岩戸開き」なのです。
「あちら側の岩戸開き」は「神様」が行うのですが、「こちら側の岩戸開き」は「臣民」が「死または仮死状態」にること覚悟して開かなければならないみたいです。
「大神様」を信じてついて行く「臣民」にとっても、それなりに覚悟が必要になることかも知れませんね。