先日、実家に帰った時に、自分の昔の写真を見る機会がありました。
実を言うと、私は自分の昔の写真を見るのが大っ嫌いでした。

なぜかって?自分は小さな頃から太っていたことがコンプレックスだったからです。
幼稚園の頃、すらっと背が高くて足も腕も細くてちょっと色黒のお友達に憧れて、
自分の、白くてムチっとした体つきがなんか嫌だなって思ってから、
小学校の頃、ある女の子が「〇〇ちゃんほそーい」「△△ちゃんも細くていいなー」とかクラスの女子に順々に行っていく中、私の体を見て「・・・」と何も言わなかった時のその子の目線が今でも忘れられません。
あれ、辛かったなー笑

そういうこともあって細くて華奢な体つき、というのは私の子供の頃からのずーっと憧れでありながら、同時に嫉妬憎しみの対象でもありました。
自分の太ってる体もコンプレックスでした。
もっと腕が細ければいいのに、脚が細けばいいのに、思春期の頃は本当に自分の体つきが嫌いでした。
試着室に行くたびに拷問を受けているような気持ちになり、もう私は可愛い服を着る資格なんてない、適当な服でいいわと母親が服を買ってくれると言ってくれてもそのことがすでに嫌で、なんとも適当な服を着る女の子だったと思います。

でも、やっぱり可愛い服は好きだったんだと思います。
細くなって、あんな可愛い服を着られるようになったらいいなって、ずっと思っていたと思います。
だから、大学生になって、それなりに洒落っ気が出てきてから、ダイエットもするし、バイト代を服に費やしたし、どうにかこうにかオシャレをしようとしていたとおもいます。

ただ、細くなりたい、という願望はもうとどまることを知らないというか、大学生の頃、かなり無茶なダイエットをしていました。
豆腐しか食べない、とか、断食をする、とか、下剤を飲みまくる、とか。
大学生をターゲットにしたエステだとかサプリメントだとかにも手を出したし、
本当、何かにとりつかれたように修行のような、拷問のようなことを自分でやっていました。
なんか、何で綺麗になりたいだけなのにこんなに苦しい思いをしなきゃいけないの?
こんな辛い思いをしなきゃきれいにはなれないの?
とうまくいかない自分にイライラ、そして、何の苦しみもなくきれいで入られている(ようにみえる)友達とか知り合いにもイライラ。。。

体型との戦いは私にとって人生の大部分をかけたとても苦痛な日々でした。。。

最近は半分諦め気味、というか、服のサイズは別に普通だし、着たい服はだいたい着られているし、高いサプリメントのせいで欲しいものをあきらめる必要もなく、断食だ置き換えだと食べたいものも我慢する必要もなく、子供も旦那も私が着たい服を着ていて「ママ可愛いよー」とか「今日の格好素敵だね」とか言ってくれるし、もう、なんか自分でダメ出ししなくってももういいかなと思うようになりました。
そりゃ、もう少し腕と脚は細くなってほしいけどね、これはもうあれこれ頑張ってきたけどお手上げ状態だし、自分をいじめて辛い思いさせてまでやんなきゃいけないこととも思わないように。

と、グダグダ昔のことを思い出しながら思い切って昔の写真を見てみたら、
なんか自分で覚えているよりも全然太ってない、可愛らしい女の子が写っておりました。
なんだ、記憶で自分の過去はもうどうしようもないデブだと思っていたけれど、実際見てみたら別に普通体型だった。
自分の今の面影がある、ちょっと内気で恥ずかしげに笑ってる愛らしい女の子でした。

こんな可愛い子を今まで頭の中でいじめ続けてたのは他ならない自分だったんだな。
今まで悲しい思いをさせ続けててごめんね、と自分の中の少女たちに謝り、これからはちゃんと大事にするよ、今まで私の中にい続けてくれてありがとうと仲直りをした、最近の出来事でした。