演助班4年中村佳奈です
昨日、無事に4st目を終え、今日から折り返しに入ります。
ご来場下さった皆様、本当にありがとうございました。
残りのステージもまだ若干お席に余裕がございます。日々新しくなる舞台を何度でもご観劇にいらしてください。
さて、本日はタイトルにもありますが、坂口先生のインタビューを掲載させて頂きます。
インタビュアー
制作チーフ:柿木初美
でお送りします。
早速行きましょう!
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今回、演出を努められる坂口芳貞さんにインタビューを行いました。
第一弾は、“演劇との出会いと、桜美林”について。
ここでは、稽古場や劇場で穏やかな雰囲気と鋭い輝きを持ち、学生の言葉に耳を傾け、その中身を引き出している坂口さんに近づいていきます。
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Q.坂口さんが演劇を始められたのはいつですか?また出会ったきっかけは何だったのでしょうか。
僕は、最初は北海道大学の農学部に入ったんだ。林業を学ぶために。
で、一緒に大学に行った高校の同級生に演劇が好きなやつがいて、ある時「演劇研究会が潰れそうなんだ。お前は体力があるから、タタキを手伝って助けてくれよ」
と一度部室に来てくれと言われたんだよね。
部室に行ってみると、そこには男の先輩が3人いて
「ちょっとこれ読んでみてくれ」と手渡されたのが、台本だったんだよ。
僕は「こういうの一番苦手だから、嫌です!」と話したら
「読むだけなんだよ?それもダメなの?ケチ」と言われて
“ケチ”ってことはないだろ!と頭にきてね。まぁ台本を読んだのだけど、それがきっかけかな。
Q.大学で演劇に出会い、文学座の研究生から座員になり、現在まで俳優・声優・演出家として活躍される坂口さんですが、桜美林大
学教授時代はどのような授業を行われていたのでしょうか。
授業はね、適当だったよ。
舞台芸術基礎・身体訓練基礎・発生朗読法とかいろいろやってたな。
でも、当時は平田オリザ(※1)とふたりでやっていたからな。
オリザさんが頭を使って、俺は体を使って、という風に分担していた。
オリザさんは5年、俺は10年桜美林にいたかな。
オリザさんが残していった授業のシステムはまだあるんだよね。
それ以外にも、コミッティ(※2)ってのがあってね、名前は俺が考えて採用されたんだけど(※3)
稽古場の管理や運営を行う自治会を作ろう、というのをオリザさんが考えたんだ。
こんなところは日本全国でもないよね。
Q.今のお話で出た、劇場コミッティを作る際に、学生に大事にして欲しかったことはありますか?
とにかく、演劇は自治というか、自分が考えたことから出発する。自分が計画してさ。
お芝居だって、自分から出発しないと面白くないでしょ。演技のスタイルがあって、そこへなぞって行くのは“劇”ではない。
劇は自分自身と、世界がぶつかって見つかる交点そのもの、それが劇の瞬間なんだから。
稽古場も稽古でもなんでも、自分たちで創っていくことが大事。
劇場コミッティはその基礎だね。
Q.稽古場でも坂口さんは自分で考えて、創ってみて。それが大事だ。と仰られていましたね。
そうなんだよ。そうじゃない演劇にはあまり興味がないし、お手本に近づくような劇は、俺はあまり好きじゃないんだ。
だってさ、すごい上手で「お見事!」と言える舞台があっても、「だったらどうなの?」って言いたくなっちゃうんだ。
第2弾に続く・・・
(※1)平田オリザ/劇作家・演出家・青年団主宰。こまは・アコ・ラ劇場支配人。
2000年桜美林大学文学部総合文化学科助教授、2005年総合文化学群演劇専修教授・演劇専修長、2006年退任。
(※2)劇場コミッティ/同大学の総合文化学群生が中心となって結成された、桜美林大学における劇場施設などを管理運営するための学生自治組織。
(※3)桜美林大学パフォーミングアーツインスティテュートより発行された、
プルヌスホール広報紙aip-エイプ-第22号、【特別対談 坂口芳貞×金英秀】で会話がなされている。
OPAPvol.55『胸騒ぎの放課後』公演詳細はこちら
http://www8.obirin.ac.jp/opai/opap_item.php?no=91
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はい。第1弾でした。
第2弾は、5st後に更新いたします。
それでは、お楽しみに!