


次女は高校3年生![]()
受験生です。
決めた進路は福祉への道🛣️
しっかりと自分を持っている次女は、自分で考え…
『ソーシャルワーカー』を目指すと決めました。
長女が病気を発症した時。
3歳違いの次女はまだ小学6年生でした![]()
長女の病気の症状による被害妄想は、主に母(私)と次女に矛先が向かい…
特にまだ小学6年生の次女には、なかなか耐え難いものがあったと思われます。
ただ自分自身が辛い想いをしている最中には、母(私)もまたやつれ果てるほどの状態になっており![]()
とてもじゃないけど、母(私)には相談なんて出来なかったのでしょう。
優しくてしっかり者の次女は、子供ながらに1人で耐えていました。
当時の私は、次女が1人で耐えている事すら気付いてあげる事も出来ず![]()
その事実を知るまでに何年もの月日を要しました。
その結果…
あんなに仲の良かった姉妹仲は悪くなりました![]()
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次女が自分を守る為に選んだ手段は、姉と距離を取ることでした。
家族なので同じ家に住んでいます🏠
物理的な距離を取るという選択肢がまだ出来ない子供の次女は、心理的距離を取る事で自分自身を守ってきたのだと思われます。
それが良かったのか悪かったのかなんて誰にも何も言えるわけがありません。
とにかく私たち家族は一人一人が絶望の淵に立たされ、必死でした![]()
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私が長女の病気と必死に向き合ってきた6年間のあいだに…
次女は小学6年生から高校3年生になりました。
私はその間、次女に寄り添ってあげることが全く出来ていませんでした。
優しい次女は…
只でさえ長女の病気で大変な心労を抱えている私に心配を掛けまいと、一切の困り事を私に話しませんでした。
色々と厄介な中学生です。
友達とのいざこざ。
いじめまがいのこと。
部活動の問題。
何一つ私に話さずに、学校も歯を食いしばって通っていました。
きちんと勉強もして、高校入試も1人でやり遂げました。
高校に入ると、金銭的負担を私にかけまいとすぐにバイトを始めました。
(※バイト絶対禁止の厳しい県立高校です)
自分の遊ぶお金は一切、私に要求してきた事はありません。
服や化粧品、美容室代…
すべて自分のバイト代で賄ってくれます。
生意気なところは多々ありますが
本当に優しい娘です![]()
母子家庭だということを十二分に理解している次女には、本当に迷惑ばかりを掛けてしまっているダメな母親です![]()
そんな次女が将来を考えて下した決断。
私には想像すらしなかった進路選択でした。



姉の病状に振り回され、被害を被り続けた次女は病気の事を理解しようとさえしていない気が私にはしていました。
ただひたすら姉の病気に対して
『無関心』
だと感じていたのです。
まぁ…
幻聴だとか被害妄想だとか。
この病気の症状自体が特殊過ぎるという事もあり![]()
ただひたすら面倒くさくなってしまった姉に
『関わらないこと』
私は私で、それが長女にとっても次女にとってもその時の最善の策なのだと強く思いました。
だって母親の私ですら、対処の仕様に困り果てていたくらいなので![]()
幼い次女には極力、『関わらせたくない』という私なりの防御反応が働いていたのかもしれません。
そんな次女なりの6年間の歳月![]()
立派に大人への階段を登り始めている次女は、改めて自分の置かれた立場を考えたのでしょう。冷静に。
病気になった姉の気持ちは分からないけれど…
それを支える「家族」の気持ちは分かる!
それって自分自身にとっての財産なのでは?と考えたそうです。
私が長女の事で途方に暮れていた時に、ソーシャルワーカーさんに随分と助けられた事は次女も知っていました。
家族が病気で困っている人(私のような存在)を助ける仕事がしたい!
次女の思考はそこに行き着いたみたいなのです。
私は嬉しいような…
だけど何処までも次女が姉の病気に縛られ続けてしまうような…
そんな複雑な気持ちになりました。
結婚式場でアルバイトをしている次女には、もっと華やかな職業の方が向いているのではないか?
私はそのままを次女に聞きました。
すると次女は
「仕事に華やかさなんてうちは求めんよ。」
冷たくサラリとかわされました
そしてまたまた私には大した相談もないまま…
県内の福祉系の公立大学と私大。
志望大学を決めました![]()



金銭的には公立大学に合格してくれれば助かります。
ただ…
同じ県内でも電車で2時間ほど掛かる立地のため、一人暮らしとなります。
最初は私も賛成していました。
うちは離婚して実家に帰った為に、両親の家です。
さほど広くない一軒家に5人です。
勿論、娘たち個人の部屋などは無く
しかも長女はこれからもずっと家にいるわけで…
しかもほとんど在宅状態です(笑)
次女が疲れて帰ってきても、常にザワザワしていてゆっくりなんて出来る訳もなく
疲れて不機嫌な次女は思春期も相まってか、祖父母にも私にも長女にも感じの悪い態度なこともしばしばです。
「まぁ一緒に住んでいれば色々あるよな〜」
と私は常日頃から思ってはいたので。
やはり我が家の生活は長女中心となってしまいがちで…
祖父母も私もいかに長女が気持ちよく過ごせるのかを気遣っています。
でもそうなると…
次女には我慢を強いてしまうという現実があります。
これは本当に頭が痛い問題で…
上手いことお互いが気持ちよく過ごせる雰囲気にならないものかと、私も相当試行錯誤したのですが![]()
長女の性格![]()
次女の性格![]()
長女が病気になってしまってからの今の現状では…
どうやっても折り合いはつきそうにありません。
それならば。
いっそ離れて暮らした方が、衝突も無くなるのではないか?
次女も一旦離れる事で、姉の病気への理解が芽生えるのではないか?
そんな漠然とした考えが浮かびつつも…
私自身も何をどうするのが正解なのか分からずにいます![]()



次女本人も大学から家を出ることは当初、考えていなかったです。
何より可愛がっているワンコが居るうちは
「離れて暮らしたくない」
と強く言っていました。
だけどここにきて考えが変わったみたいです。
公立大学に狙いを定めたこと。
(※私大なら自宅から通えます)
そしてやはり
「自由になりたい」
という願望が強く芽生えたのでしょう(笑)
そうなると今度は私自身の気持ちが揺らいできました![]()
一度家を出れば、次女はきっともう家には戻っては来ないでしょう。
そりゃ度々帰って来るにしても…
「一緒に生活する」
ことはもう無いのだという現実![]()
只でさえ、次女には母親らしい事など何もしてあげられなかった私は急に切なくなってしまいました![]()
寂しい…
寂しいな…
だけどこの家にずっと次女を縛り付けてしまうのは、もっと違う気がします。
今まで散々我慢を強いてしまった次女には、自由に楽しく生きていってほしいと私は切に願っています![]()
だけどやはり心配も付き纏います。
大学生活で辛い状況に直面した時に…
家から出してしまっていては、次女を1人で苦しませる事になるのではないか?
辛い時にせめて側に居てあげる事が母親の役目では??
いや、でも次女は悩み事の相談は母より友達にするよね?
それならかえってそんな時の母なんて鬱陶しいだけでは?
色々な感情が私の中で渦巻き、全く答えは出やしません![]()
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以前、誰かが言っていました。
「早く手放していい子と悪い子がいる」と。
なんとなく、次女は大丈夫な気はしています。
あとは私の気持ちの問題なのかもしれません。
悩める私は最近、次女の幼い頃の姿を思い出してはノスタルジーに浸っています![]()
可愛かった次女。
私と長女のことが大好きだった次女。
ずーっと私に話しかけてくれていたおしゃべりな娘の口癖は
「ねぇねぇ、ママ〜」
でした
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あの頃はいつでも何処でも一緒で、娘との時間は無限大にあると私は思い込んでいました
娘が自立していくのは喜ばしいこと。
それも頭では分かってはいます。
だけど寂しいし辛いな…
辛いけど前に進まなければいけない事も分かっています。
私も歳を取ったのだと…
なんだか大切な翼をもがれるような。
切ない切ない現実です![]()





