私がはじめて学会発表を行ったのは、この年、日本ピアノ教育連盟の全国大会であった。テーマは「指使いに見るコルトーの音楽~ショパン作曲《エチュード op.10》の場合~」。ガチガチに緊張したことを覚えている。あれから10年。今では演奏するよりも学会発表の方がはるかに気楽になっている。不思議なものだ。
昨年、「『バイエル』原典探訪―知られざる自筆譜・初版譜の諸相」というタイトルでファクシミリ版を出版させていただいたのだが、その初版を入手したのもこの年のことである。それよりも2年前となる2006年に、雑誌『ムジカノーヴァ』2006年9月号の特集『バイエル&ブルクミュラーの冒険』という記事を読んで、『バイエル』の初版について、先行研究がどうなっているのか気になっていたのだった。論文を書くことや、研究発表することに徐々に慣れてきた頃だったのだが、ショパンの作品の初版などを購入することができるドイツの古書サイトで、いろいろな楽譜を買い漁っていた。それによって Pay Pal での支払い方法を知ったり、それまでは怖いと思っていた海外のサイトでのクレジットカード払いにもだんだんと慣れてきて、時代も変わったものだなぁと実感していた。世界中のものがクリックひとつでいつでも購入することができる不思議さ。もちろんトラブルになるリスクはあるにはあるけれど、注意深くしていればたいていの場合は問題なく取引は成立する。ヤフー・オークションでアルフレッド・コルトーの来日公演のパンフレット落札したりしたのもこの時期だ。
そんなある日、 Ecole Preliminaire de Piano というタイトルの、どうも初版らしき『バイエル』を見つけた。しかし、そのサイト上ではドイツ国内のみ郵送可能と表記されていたのと、果たして本物なのだろうか、という疑問があったので、メールで書店の問い合わせてみた。表紙に記載されている金額、出版社、タイトルを質問したところ、すぐに返信が来て、確かに間違いはないようであった。そして、日本に速達で送ってもられるかと再度メールを送ったところ、すぐに発送する、という回答を得たのだ。
そして10日ほどで現物は届いた。見てみると、音や記号、スラーなどに恐らく違いがあるのだろうな、という予想は当たっていた。パッと見ただけで、日本で流通している『バイエル』と明らかに多くの違いがあることがわかる。ビンゴを当てた感触と、この内容だといくらでもネタはあるな、と思ったあの瞬間の感動は勘違いではなく、その後、ショパンと共にバイエルは私にとって重要な研究対象となったのであった。小野亮祐さんが発見した自筆譜の調査にも同行させていただくなど、思わぬミラクルの連続に立ち会うことになったのだ。
