私に
繰り返し
「依存している」と指摘する人がいる
(と私は感じられる)
私(たち)は
障害ゆえに何かしらの足りないものを抱えて
それでも
社会であたりまえに生きようとしている
その時
力が足りないから
まわりに頼り
助けてもらわざるを得ない時がある
そこだけを見て
彼女は「依存」という
寄りかかりすぎてはいけない
しかし
少し手を差し伸べてもらう
「頼る」ことは
差し伸べる側にも
力になるのではないかと
私は思っている
自分の力が少しでも
誰かの役に立つことは
とても心満ちることだ
ただそれは出来る範囲で
という条件がつく
余力のある人でないと手を差し伸べられない
物理的にもそうだけど
心の広さを持つ人
また
家族の力、存在を忘れてはならない
「どうせダメだろう」
と頼らずにきたことが
いつか
手伝ってもらえることに変わっていたりする
家族には
「依存」か「頼る」ことか、なんて
気をつかうことなどはしない
他から見たら「依存」に見えても
その家族からしたら
「頼る」ことでしかないかもしれない
ともに生きている関係性から
それらはおきているし
それがどちらかなんて気にしていない
これは自分の家庭を持たないと
わからないことかもしれないな
「依存」と「頼る」と
ラインを引くのは
そう簡単じゃないんだよ
ある意味引く必要なんてないんだよと
彼女に言いたい