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玉前神社にはこんな伝説もあります。

 ある年の八月一二日、五兵衛の枕元に一人の貴人が現れ、

「我が一子を汝にゆずる。太東八丁(町)に迎えに出て、これを玉前大明神と仰ぐべし」と仰せられた。

 五兵衛は、翌日弟の五郎右衛門を連れて、太東岬に行ってみると、東風にしたがって光るものが現れた。何だろうとよく見ると、とても立派な錦の袋であった。

 五兵衛は、「夢の知らせの神霊」と塩垢離を取って身を清め、「搗和布」という磯草を下に敷いてすくい上げ、近くにあった豆がらの上において一休みをしていた。

 そこへ甚右衛門がやってきたので、昨夜の夢知らせから、この錦の袋を拾ったまでのいきさつを聞かせると、甚右衛門も不思議に思い、三人で恐る恐る袋の中をのぞいてみた。

 中には縦三寸(約9cm)、横三寸(約9cm)長さ三寸5分(約11cm)の箱があった。箱の中には光り輝く「霊玉」が入っていたので、三人は驚いて箱のふたを閉め、神罰を恐れて早速神社を建立し、その箱を納めて日々崇敬を怠らなかったという。

錦の袋を拾ったということで、五兵衛兄弟は「風袋」(ふうたい)という名字を名乗るようになったと伝えられています。