ど根性草
去年話題になったど根性大根、
うーんひょっとしてこの頃のアスファルトわりとよく草が生えているから、大根も生えるかなあ、なんて、アスファルトの隙間から生えている草を抜いてしまう。
先日6月2日にいつも奉仕活動で来て頂いてます「日本発条」さまが、掃除で半日来て頂きました。通称「ニッパツ」さん、実は先週のある番組でそのニッパツさんが登場されておりまして。日本の車部品のバネの部分は大方がニッパツさんの製造ということを知って日曜の朝から目が覚めてしまいました。
春と秋の2回毎年来ていただき、一番ありがたいのが、普段手の届かない、エアコンの掃除や換気扇などを見事なまでにきれいにしていただいていることです。また、若い方からかなり年配の方まで、明るく、手際よく作業していただいていること、いつも感心しております。本当にこんな雰囲気がここでも出来たらいいのになあといつも思っております。
何かいつも掃除以上のものをご奉仕いただいているように思っています。ありがとうございます。
で、例のど根性草も、すっかりきれいにしていただいてました。おそらく大変だったと思いますが、かなりきめ細かいところまで見ていただいている事に、いつも作業が終わり、帰られた後「スゴイ」と思ってしまうのです。
ど根性草もすごいけど、人間もすごいぞー。
うーんひょっとしてこの頃のアスファルトわりとよく草が生えているから、大根も生えるかなあ、なんて、アスファルトの隙間から生えている草を抜いてしまう。
先日6月2日にいつも奉仕活動で来て頂いてます「日本発条」さまが、掃除で半日来て頂きました。通称「ニッパツ」さん、実は先週のある番組でそのニッパツさんが登場されておりまして。日本の車部品のバネの部分は大方がニッパツさんの製造ということを知って日曜の朝から目が覚めてしまいました。
春と秋の2回毎年来ていただき、一番ありがたいのが、普段手の届かない、エアコンの掃除や換気扇などを見事なまでにきれいにしていただいていることです。また、若い方からかなり年配の方まで、明るく、手際よく作業していただいていること、いつも感心しております。本当にこんな雰囲気がここでも出来たらいいのになあといつも思っております。
何かいつも掃除以上のものをご奉仕いただいているように思っています。ありがとうございます。
で、例のど根性草も、すっかりきれいにしていただいてました。おそらく大変だったと思いますが、かなりきめ細かいところまで見ていただいている事に、いつも作業が終わり、帰られた後「スゴイ」と思ってしまうのです。
ど根性草もすごいけど、人間もすごいぞー。
別れはいつも突然
先日、ある方が亡くなられました
いつも笑顔でみんなに接していただけたので大人気障害をお持ちの方々を送迎しておられたのですが、その方の人気はただ単に送迎が丁寧というだけではなかったのです。
丁寧な挨拶や、対応は福祉の職場では当然のこと、それ以上に魅力があったのは、時間に追われるサービス事業の中にあって決してあわてづ、本人さんのテンポで一緒に歩き、一言一言声をかけながら確認をされる姿、本当に忘れられない人です。
でも一番すばらしかったのは、送迎される車が中も外も、隅々までピカピカなことでした。「当然こと」と思いがちなのですが、自分の車はきれいにしてますが、果たして仕事場の車まできれに使ってますか?「負けないぞ」と思うのですが日々の業務に追われてしまうと・・・という言い訳の元汚れている日が多い。反省。
後日聞けば、その方若いときはかなり『やんちゃ』だったとのこと、ところが病気をされ、いざ仕事をというとき施設の中で送迎をということに就かれて、本当に楽しく仕事をしておられたそうです。
その話をお聞きして、私もちょうど2年前に亡くなられたHさんを思い出していました。
その方は、私が雇用支援ワーカー時代最初は対象者として仕事を一緒に探していたのですが、滋賀県から緊急雇用プロジェクトによる県単独の「ジョブコーチ」のお話があり、どんなことでもOKということであったので、就労している障害者の送迎と、施設から事業所に出られる方の付き添いとして、なんと私と一緒に働くことになりました。
実はHさん、障害としては、左腕の欠損と糖尿による透析を受けておられました。
60歳近くでしかも一人暮らし、おまけに片腕で何もかもこなしておられたので、仕事の前に介助が必要なのではないかと思っていたのですが。何よりの救いは、本当に明るいこと。誰にでも明るく接していただけたので「ひげのHさん」でみんなの人気者でした。
ですから、過去のことにふれることもなく、パチンコの話や酒の話などしながら日々をすごしていたのですが、ある日突然連絡が取れなくなり、心配してアパートへ出向くと、すでになくなっておられました。おそらく低血糖による発作が原因ではないかと思われますが、後悔が残るHさんの死でありました。
そして、連絡がつき引き取りに着ていただいたのは、はるか広島からこられたお姉さん夫婦のみでした。
そして、先日突然そのお二人が訪ねてこられ、「是非滋賀でのHさんについて教えてもらいたい」といわれるのです。
なぜ?と思ったのですが。兄弟さんの中ではHさんは、『借金を作って出て行った恩知らず』だったのです。なるほど、だから亡くなられたときお姉さん夫婦だけだったのか。遅まきながら過去、といっても30年近く情報が無かったわけで、またその間誰と無いがあったのかも何も、誰もわからい。そんなHさんでしたが、滋賀県でHさんのことを悪く言う人はひとりもおりません。私としては、朝早くからの送迎や、グループホームへのとまりもかなり無理を言ってお願いしたり、作業所からの実習でも、先方の事業所さんと一番に仲良くなり、いろいろ交渉してもらえるのはHさんでした。
それを聞かれたお姉さんが、「そのことを是非親戚や兄弟に知らせたい、そして汚名を晴らしたい」ということで、滋賀までこられたのでした。おまけに驚いたのは、ご自宅に飾られている写真を見せていただいたところ、なんと25歳くらいのときの結婚式の写真でした。「これしかない」ということでした。
なにか、時代が超越していて、砂の器で「和賀エイリョウの父親がまだ施設で生きている」事実を聞いたときと同じような思いでした。
でも、本当は人は自分ではどうしようもないこともありますが,大概は環境が作っていくものだと思います。自分が笑顔であれば周囲も笑顔に、相手が笑顔であれば自分も笑顔に、まさに目の前にいてる人が自分の鏡であると思います。
お二人のすばらしいドライバーにあらためて「ありがとうございます」 合掌
いつも笑顔でみんなに接していただけたので大人気障害をお持ちの方々を送迎しておられたのですが、その方の人気はただ単に送迎が丁寧というだけではなかったのです。
丁寧な挨拶や、対応は福祉の職場では当然のこと、それ以上に魅力があったのは、時間に追われるサービス事業の中にあって決してあわてづ、本人さんのテンポで一緒に歩き、一言一言声をかけながら確認をされる姿、本当に忘れられない人です。
でも一番すばらしかったのは、送迎される車が中も外も、隅々までピカピカなことでした。「当然こと」と思いがちなのですが、自分の車はきれいにしてますが、果たして仕事場の車まできれに使ってますか?「負けないぞ」と思うのですが日々の業務に追われてしまうと・・・という言い訳の元汚れている日が多い。反省。
後日聞けば、その方若いときはかなり『やんちゃ』だったとのこと、ところが病気をされ、いざ仕事をというとき施設の中で送迎をということに就かれて、本当に楽しく仕事をしておられたそうです。
その話をお聞きして、私もちょうど2年前に亡くなられたHさんを思い出していました。
その方は、私が雇用支援ワーカー時代最初は対象者として仕事を一緒に探していたのですが、滋賀県から緊急雇用プロジェクトによる県単独の「ジョブコーチ」のお話があり、どんなことでもOKということであったので、就労している障害者の送迎と、施設から事業所に出られる方の付き添いとして、なんと私と一緒に働くことになりました。
実はHさん、障害としては、左腕の欠損と糖尿による透析を受けておられました。
60歳近くでしかも一人暮らし、おまけに片腕で何もかもこなしておられたので、仕事の前に介助が必要なのではないかと思っていたのですが。何よりの救いは、本当に明るいこと。誰にでも明るく接していただけたので「ひげのHさん」でみんなの人気者でした。
ですから、過去のことにふれることもなく、パチンコの話や酒の話などしながら日々をすごしていたのですが、ある日突然連絡が取れなくなり、心配してアパートへ出向くと、すでになくなっておられました。おそらく低血糖による発作が原因ではないかと思われますが、後悔が残るHさんの死でありました。
そして、連絡がつき引き取りに着ていただいたのは、はるか広島からこられたお姉さん夫婦のみでした。
そして、先日突然そのお二人が訪ねてこられ、「是非滋賀でのHさんについて教えてもらいたい」といわれるのです。
なぜ?と思ったのですが。兄弟さんの中ではHさんは、『借金を作って出て行った恩知らず』だったのです。なるほど、だから亡くなられたときお姉さん夫婦だけだったのか。遅まきながら過去、といっても30年近く情報が無かったわけで、またその間誰と無いがあったのかも何も、誰もわからい。そんなHさんでしたが、滋賀県でHさんのことを悪く言う人はひとりもおりません。私としては、朝早くからの送迎や、グループホームへのとまりもかなり無理を言ってお願いしたり、作業所からの実習でも、先方の事業所さんと一番に仲良くなり、いろいろ交渉してもらえるのはHさんでした。
それを聞かれたお姉さんが、「そのことを是非親戚や兄弟に知らせたい、そして汚名を晴らしたい」ということで、滋賀までこられたのでした。おまけに驚いたのは、ご自宅に飾られている写真を見せていただいたところ、なんと25歳くらいのときの結婚式の写真でした。「これしかない」ということでした。
なにか、時代が超越していて、砂の器で「和賀エイリョウの父親がまだ施設で生きている」事実を聞いたときと同じような思いでした。
でも、本当は人は自分ではどうしようもないこともありますが,大概は環境が作っていくものだと思います。自分が笑顔であれば周囲も笑顔に、相手が笑顔であれば自分も笑顔に、まさに目の前にいてる人が自分の鏡であると思います。
お二人のすばらしいドライバーにあらためて「ありがとうございます」 合掌
黄砂でマッキキ
決算理事会も終わり少しほっとする土曜・日曜
空を見れば、もやもやとした空、晴れてるはずなのに。なんか、去年も
こんな空の下、自立支援法がまったく見通しの無い法律だと考えていたような気がする本当に一年間、何度も何度も改編がありその度膨大な資料が来て、読みきれないまま次が来るといった状態でした。また、今年も「9月には変わりますよー」と予告されながら説明会を聞いている。なんと無駄なことか。
そんなことばかり考えていたら、足元でとんでもないことことが起こっていたという、自分としてはなるべく見ていたつもりではあったが、仲間が怪我をされてからしか気づくことが出来ないほどになっていたのが、仲間にも親御さんにも、職員にも申し訳ないと思っております。「法律が悪い」と親御さんは慰めてくださいましたが、これは明らかに私の注意不足です。いくらよい法律が出来てもこれは油断しているとすぐに起こってしまうことで言い訳は出来ません。
本当に気を引き締めて日々をすごさなければと反省しているところです。
何トンも降ってくる大陸の砂に埋もれてもやもやしてましたなんて言い訳にもなりません。
空を見れば、もやもやとした空、晴れてるはずなのに。なんか、去年も
こんな空の下、自立支援法がまったく見通しの無い法律だと考えていたような気がする本当に一年間、何度も何度も改編がありその度膨大な資料が来て、読みきれないまま次が来るといった状態でした。また、今年も「9月には変わりますよー」と予告されながら説明会を聞いている。なんと無駄なことか。
そんなことばかり考えていたら、足元でとんでもないことことが起こっていたという、自分としてはなるべく見ていたつもりではあったが、仲間が怪我をされてからしか気づくことが出来ないほどになっていたのが、仲間にも親御さんにも、職員にも申し訳ないと思っております。「法律が悪い」と親御さんは慰めてくださいましたが、これは明らかに私の注意不足です。いくらよい法律が出来てもこれは油断しているとすぐに起こってしまうことで言い訳は出来ません。
本当に気を引き締めて日々をすごさなければと反省しているところです。
何トンも降ってくる大陸の砂に埋もれてもやもやしてましたなんて言い訳にもなりません。