昨日 馴染みの病院に遊びに行ってある看護師に久しぶりに会った。

ガン宣告を受けた日 点滴を受けるとき対応してくれた看護師だ。

 

彼女も少し前にガンの手術をし 病院復帰している。

 

私がちょっと涙ぐんでいるのを察して <自分は泣かなかったよ。

今日だけ泣いてあとは泣くな>と言われたのを覚えている。

 

彼女が そのときのことをよく覚えていて話してくれた。

 

私に二つの感情があったと。

やっと休むことができる。もう疲れた。すべてから解き放された感情。

もう一つは 夫が受け入れられるか 夫を心配する感情。

 

今受けている標的治療が、12回中10回目が終わり 

今年の8月にはすべての治療が終わる予定だ。

少し寂しいような気がする。

 

こんなことをいったら罰当たりなような気がするが 

そう感じるんだからしかたがない。

 

抗がん剤治療を受けていた6か月間 

その期間が一番スリルある楽しい体験だったと思うのはおかしいのかな。

 

ガンという病気が問題じゃなくて 

自分に与えられたガン患者というフィールドの中で一生懸命探し物をしていた。

だから楽しかったのかもしれない。

 

私が本当にほしいものは なにかしら。

 

 

 

 

 

今日は一日中雨が降っていた。

一歩も外に出て行かなかった。

自分のなかにこもってしまった。

 

本来雨の日はあまり好きでない。

天気予報を見ることもない。

じぶんの歩くコースにはあめが降らないと思い込んでいる。

根っからのお天気やさんです。

 

また、睡眠薬を飲んでしまった。

これで一週間くらいになる。

大丈夫かなと不安になる。

いろんな人の思いが頭の中でかけめぐって眠れない。

長い長い夜 そして疲れ切った朝を迎えることになる。

不眠症の人たちの生活心情の世界がわかるような気がする。

 

ありがたい方たちに挨拶して休むことにしょう。

夫が生きていることは 最高の祝福です。

私のために苦労していきた。精一杯生きてきた。

今日は夫が食事を食べてくださって 感謝です。

安心して住むことができる家があることは最高のめぐみです。

帰るところがあるということですから。

 

明日は天気になるいいな。カラットしとた気分で大韓民国を闊歩しようではないか。

さて眠くなりました。おやすみさせていただきます。

今日生きているということ

 

心臓が動いている。

息を吸ってはいている。

それってすごいことかもしれない。

 

目が見えるっていうこと。

それってすごいことかもしれない。

 

音が聞こえるってこと。

それも すごいこと。

 

大地を踏みしめて歩いているってこと。

ものすごい奇跡かもしれない。

 

そう考えたら この世の中は奇跡の連続ドラマ。

 

奇跡の連続ドラマの主人公は誰?

 

もしかして 私?