71 セリフを憶えるという事(チャレンジャーであれ)
「○○さんが怪我したので、代わりにお願いできませんか」
それは、70分くらいの子供に見せる芝居だった。
「サウンドオブミュージック」。

台本上マリアが主役だが、私に依頼されたのはトラップ大佐、
作品的にはこちらも主役である。

日ごろやっている役なら何の問題もない。
しかし私は、この作品にはノータッチ。
つまり、稽古にすら参加したことがなかったのだ。 
それでも私が断れば、せっかく楽しみにしていた子供たちに
見せられなくなってしまう。
(今思えば、作品変更という手段もあったのだろうが・・・)
私は、義侠心から引き受けた。 
さっそく翌日、台本とビデオが送られてきた。
そう、稽古はないのだ。
土曜日に台本が届いたが、本番は月曜日。
プロなら難なくやってしまうだろうが、私は・・・。
セリフは50個程度、なんとかなるかな?
長いのは2~3個、・・・私はそんなに器用ではない。
しかし、サイは投げられている。
今更、やっぱり無理とはいえない。
おまけに歌まである。トラップ大佐と言えば
「エーデルワイス」のソロは見せ場のひとつだ。
し、しかし、英語だ。・・・
私はアメリカに住んだことがあるが、周りに日本人が
多かったせいか熱心に勉強しなかった。
けれど、歌詞を日本語にすることはできない。
2コーラス目は、皆も歌うからだ。
必死に楽譜を見た。音符はまったく理解できないが。
救われたのはダンスがなかったこと。
ミュージカルなので、他のメンバーは踊るが、
大佐だけはない。
エンディングで簡単な振り付けはあったが、
そこは誤魔化しても何とかなると踏んだ。
土日、ひとり台本、ビデオと格闘。
もちろん、いつもは稽古はする。劇団にもよるが、
ここでは3本の芝居を2週間で仕上げるスタイルだった。
しかし、今回のような荒業で作ったものを、
いくら小学生にとはいえ披露していいものかどうか。
子供たちはプロの劇団として受け入れてくる。 
「おととい初めて台本読んだんだ」 などと夢を壊すような
ことは言えない。もちろん言う必要はないが。
さて、学校の体育館には、気心の知れた仲間たちが
待っていた。
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”二期会”などに所属しているベテランたちだ。

”四季”の舞台に出ている人もいる。頼もしいメンバーだ。
スタッフは基本的に一人しかいないので、
役者も全員で舞台のセッティング。
メークをし、子供たちが入場してくるまでの5分間で
最低限の段取りを合わせた。

そして開幕。 が、もう一つ、
トラップは幕前の挨拶もやらなければならない。
「○○小学校のお友達、こんにちわー、これから皆に
見ていただくお芝居は・・・。」 と言うやつだ。
さて、セリフは完璧とはいかなかったが、拍手の中
幕を閉じた。 
ベテランたちに助けられたおかげである。 
人はチャレンジすることによって成長する。 
正直、私は無理なのではと初めは思った。
当時、新人ではなかったが、
レベル的には決して高い役者ではなかった。
私しか空いている役者がいなかったのだ。
しかし失敗すれば恥もかく。けれど、考えさせてくれと
悠長な時間もなかった。
ただ、自信にはなっている。
小さなことでも、何かをやり遂げた時、
それは大きな力となって後に必ず生きてくる。
「セリフは、このような非常事態、一語一句完璧にやる
ことなど誰も期待してはいない。
ならば、腕試しだ。
まずは、戦おうとする心意気、それを見せる」
その後、大佐役も
私のレパートリーの一つとなったことは言うまでもない。
義侠心などとかっこつけたことを言ったが、
結局、自分のためになった数少ない、私の成功体験だ。
(`・ω・´)ゞ
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