① 品庄と綾瀬はるか (再送)
2001年、10月2日。
「品川庄司って知ってます?」 「うん、知ってるよ」 マネージャーからのTELにそう答えたが、 その時、2人組であるということは知らなかった。
知っていたというよりも、名前を耳にした程度の認識 といった方が正確である。
いや、というより村上ショージと勘違いしていたと思う。
翌、10月3日。 その朝を迎えた。
集合場所は京急線のあまり聞きなれない駅だった。 私は、当時日記をつけていたが、前回 ”市川由衣” 同様、日記は見ず、
記憶を頼りに書いている。(ぶろぐNO3,5,9を参照) 元来、めんどくさがりな為わざわざ押入れをひっくり返す のはかったるいのだ。
いずれそういう機会があったらまた、追記など出てくる
かもしれない。
最低限の日程、主な出来事に関しては、手元に10年日誌 というものが置いてあるのでそれを参考にはしている。
・・・・そこは、住宅街 (後に分かったのだが庄司君の実家 の近くだった)、車にて待機するよう指示を受けた。
今日の仕事は、「品庄内閣」第3話。 1,2話はまだ オンエアされていなかったと記憶している。
深夜の時間帯ではあったが冠番組を持つということは エライ事だ。
車内には年配の男女が乗っていた。 どこかのエキストラさんだろう。 そう思っていたので
軽く会釈を交わした程度、話はあまりしなかった。
まさか、庄司君のご両親だったとは・・・。 土手では若者らが番組を収録中。 その中にいた女の子、それが綾瀬はるか。
まだドラマなどにあまり出ていない頃だ。 ![]() 私はホリプロのスカウトキャラバンを観ていたので、 一応顔と名前は覚えていた。
しかし残念なことに、その日は認識できていなかった。
私が、あの時 マスコットガールとして来ていた子が 綾瀬~と知ったのは家でオンエアを観た時だった。
「ア、綾瀬はるかが出ている」・・と。 しかもその隣に立っているのはまぎれもない俺だ。 ちょこんと、お人形さんみたいに彼女は映っていた。 なぜ当日気が付かなかったのか、今でも悔やまれる。 元同僚の村野君が綾瀬はるかの大ファンで、 夜間暇なときいつも彼女のドラマDVDを観ていた。
そう、村野武範さんの甥の村野君だ。
車にて場所を移動。 ご両親も一緒に。 蒲田のマルエツへ。 そこで降り、
ディレクターと品川君と3人で打ち合わせをした。
私は品川君と共謀して庄司君にドッキリを仕掛ける という役どころだった。
こういうバラエティはよくヤラセという説もある。 実際のところは分からない。
庄司君が、こうこうこういう感じで、と
ディレクターに言われていたのかどうかは。
しかし、私に台本はなかった。 さて10年位前か、庄司君はこのマルエツで パンツを万引きし補導されたらしいのだが、
その時の警備員というのが私のポジションである。
もちろんニセモノだ。 ![]() 私は警備員のバイトはよくやっているが
蒲田のマルエツでやったことはない。
打ち合わせは5,6分。 撮影はすべてアドリブ。 編集されるのでしゃべったこと全てがオン
エアされるわけではないが。
品川が庄司の元へ。 庄司は目隠しをされて歩いている。
隣に綾瀬もいる。
3人が通りかかったところで私がおもむろに
声をかける。
「あれ、庄司君、庄司君だよね?」 ・・・・(以下、省略) 3人でのやり取りをはるかチャンが見守っている、
といった構図。
ころあいを見て、年配エキストラが現れる。 その後のやり取りで初めて庄司君のご両親
であることを明かされるので、
私もドッキリを仕掛けられたような気分だった。
マルエツを通り過ぎ、収録はまだまだ続いた だろうが私の撮りは終わった。
まだ明るかった。
PS) この番組では程なく、ADさんが失踪したとか クレジットに出ていました。
私が面倒見てもらったスタッフさんだと思います。
元気なのでしょうか。
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追記)
もしマネージャーからのTELに"品庄"のことを知らないと答えていたら
今回の共演は実現しなかったかもしれない。
大ウソはいかんが、多少ハッタリをかましたり、ホラを吹いたりする、
これも人生には必要なのかもしれない。
今回は実験的に、過去記事を流してみました。
だいぶカットはしましたが、逆にすっきりした感じがします。
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(≧▽≦)

