私、リゴベルタ・メンチュウの嘘 | akazukinのブログ

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「日本史のいわゆる「非常時」における「抵抗の精神」とは真理追求の精神、科学的精神に他ならない」野々村一雄(満鉄調査部員)

http://www.salon.com/col/horo/1999/01/nc_11horo2.html
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I, Rigoberta Menchú, liar
私、リゴベルタ・メンチュウの嘘 
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by D A V I D_H O R O W I T Z

Jan. 11, 1999

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左翼宣伝活動家、ノーベル賞委員会の支持者と不正なメディア業界は、なんと恐ろしい悪事をしでかしたのか。

リゴベルタ・メンチュウ(グァテマラのキチェ‐マヤ族)の物語は、その自叙伝が彼女を国際的な名声に投げ込み、ノーベル平和賞をかち取った。彼女は西半球(南北アメリカ大陸)から追われた先住民の国際的な象徴となった。さらに、ヨーロッパの征服者の弾圧に対抗する企てというのは、現在、政治的に工作されたでっち上げであると、あばかれている。それは、20世紀で最大の悪ふざけのひとつとなった。

同様に注目すべきことは、この悪ふざけの真犯人が文化的知識の旺盛さをにおわせているのに、意外なことに、メンチュウの虚偽による告白で何も変えはしなかったというのが真実である。ノーベル賞委員会が彼女の賞の撤回を拒否しているのは、彼女の本が何千もの大学コースの必須テキストであるので、この姿勢を維持している。そして、主要なプレス機関の論説委員はタワナ・ブローリー(Tawana Brawley)事件を同様の悪ふざけで有名にした支持者たちのごとく、同じ根拠で彼女(メンチュウ)の嘘を死守している。たとえ彼女がうそをついたとしても、真実を言っている、と。

1982年、自叙伝「私の名は、リゴベルタ・メンチュウ」の悪事に着手したのは、ほんとうはフランスの左翼、エリザベス・ブルゴス‐ドブレElisabeth Burgos-Debray1941~)で、彼女によって書かれた。彼女はマルクス主義者レジス・ドブレ(Regis Debray1940~)の妻で、彼は1960年代にボリビアでゲリラ戦を扇動してチェ・ゲバラの失敗した奮闘に対し小さな戦略拠点を提供した人だ。ドブレの誤って導かれた理論は、ゲバラを得て、未曾有のボリビア農民を殺させた。我々はメンチュウと彼女の家族を押しつぶした悲劇の根源を見ることになる。

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エリザベス・ブルゴス-ドブレ(ベネズエラの人類学者)
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レジス・ドブレ(フランスの哲学者)

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彼女の自叙伝で言っているように、リゴベルタ・メンチュウの物語は古典的なマルクス主義の神話である。メンチュウたちは、国の僻地に住んでいる貧しいマヤ族だ。彼らはスペインの侵略者(その子孫はラディーノ[先住民と白人の混血]として知られている)によって追われたのだ。そして、その人たちは、彼らが耕している持ち主不明の土地からひきはなした無学なインディオの農民とメンチュウたちを操ろうとした。リゴベルタは読み書きができず無知だった、そして、田舎の父(ヴィセンテ)は畑で働くために彼女を必要としたので、学校に行かせることを拒否した。そのように貧しかったメンチュウの家族は、リゴベルタの弟が餓死してゆくのを見なければならないくらい土地が不足していた。一方、ヴィセンテは、耕作計画のため地主のラディーノたちと、最終的に見込みのない交戦に英雄的に従事していた。最後に、ヴィセンテは農民統一委員会(Committee for Campesino unity)と呼ばれた抵抗運動を組織した。リゴベルタも、政治的主催者になった。抵抗運動は、グァテマラの革命軍(the Guerrilla Army of the Poor;貧しいグァテマラの軍隊)と結びついた。しかし、支配階級の残忍な治安部隊は争いに加わり勝った。ヴィセンテ・メンチュウは殺された。リゴベルタの兄弟が生きながら焼かれるところを、生き残った家族は見ることを強制された。リゴベルタの母が強姦されて、殺された。

リゴベルタによって話される、メンチュウ達の悲劇は、助けを求めるため世界中の善意な人々への呼びかけだろう。しかし、グァテマラの無力な先住民と第三諸国の然るべき遺産のためではない。彼女の本の成功によって彼女は国際的に有名になり、そして、1992年にノーベル平和賞を与えられた。メンチュウは、現在、リゴベルタ・メンチュウ人権財団の代表者であり、「社会的裁判官と平和」のための強力なスポークスマンである。

彼女の場合残念なことは、実際、メンチュウが書いたというのはすべてウソである。―そして、ウソは付随したものでもなく偶然でもない。それらのウソは彼女の話の中心的出来事であり、特別な政治的神話を引き起こす命令で政治目的のために作り出された。そして、彼女らは最初のページに取りかかり、そこで、彼女は書いた。

私がさらに成長したとき、多くのことを学べる女の子になっていたので、父は私が学校に行かせられないことを残念に思った。しかし、父がいつも言ったことは、『残念なことだが、もし学校にいかせたら、おまえは階級を忘れさせるようにするだろう。彼らは、おまえをラディーノに変えるのだ。私はそうなって欲しくない、そういうわけで、学校に行かせない。』、私が14才か15才になったころ、父は私を学校に行かすことができたかもしれないけれど、彼らの思想を私に注入するかもしれないと、結果が何であるかわかっていたのでできなかったのだ。

疑うことを知らない読者たちへ、これらすべてあまりに完璧なマルクス主義的模範の実現されたもののように見える-支配階級の理想が教育機関の制御を通して支配的理想になるという。しかし、著者の断定に反して、メンチュウは無教育ではなかった。父は彼女の教育に反対しなかったが、ラディーノの支配階級の価値判断の中で教育を吹き込まれることを恐れた。実際、彼女を2つの名門の私立全寮制学校(カトリック修道女による経営)に行かせ、そこで、彼女は中学校相当の教育を受けた。

N E X T+P A G E +| Exposed by the New York Times (つづき:英文)

【翻訳:タドン】


デヴィット・ホロウィッツ(1939)
アメリカンユダヤ人、保守派の評論家、政策アドバイザー

邦訳された共著に『ケネディ家の人びと』(草思社、1990)がある。


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