現在68歳、古季まであと二年の同級生が、南大隅町根占の「雄川の滝」まで遠足に出かけました。
節目の七十坂まであと2~3年、皆さん元気パリパリ、アップダウンのある滝見遊歩道を元気に歩いていきます。
杉木立を抜け、竹林を見ながら、50数年ぶりに童心に帰ることが出来ました。
実は、この団体、「根占中学校三十七年会」の面々、終戦直後の昭和21年、22年生まれで、根占中学校を昭和37年に卒業して53年目になる。
前日、ネッピー館で『68歳同窓会』が行われ、その翌日、『雄川の滝遠足』に行こうということになりました。(同窓会の模様は次回ブログで)
幸い、心配された雨も降らず、風も吹かず、絶好の遠足日和でした。
午前10時、自家用車に分乗してネッピー館を出発、遊歩道入口の牛牧の駐車場まで15分位である。

みんな根占町出身とはいえ、殆どの人が雄川の滝は初めてです。雄川発電所や、その少し上流、北川内集落の棚田当りまでは学校の遠足で来たことがあるものの、それから上流は行ったことがないから、どんな所か興味津津である。

美しい渓谷や橋、古木についたオオタニワタリを眺めながら、遊歩道を進んで行きます。

駐車場から1200m、15分~20分歩くと、目の前にパッと雄川の滝が現れる。

余りの美しさに、一同、息を呑む。
「わが故郷、根占に、こんな美しい光景があったのか」と、
上から岩を伝って流れる二筋の滝と、苔むした割れ目から絞り出すような幾筋もの白い筋、これを一つに集めた滝壷はエメラルドブルー、その滝壷を取り囲むようできた砂浜は真白である。
その砂をいとおしむように一人の同窓生が座り込んで手で撫でている。

滝を見上げる者あれば、携帯で写真を撮る者

滝壷をじっと見つめる者、故郷、根占に寄せる思いは様々であろう。
この団体が下りて来て、滝の前は一気に賑やかになりました。

そして、全員で記念撮影

こちらは宮田小学校組の美女軍団

1時間ほど過ごし、皆さん、口々に、「もう一回、子供や孫を連れて来よう」と言いながら、滝を後にしました。
遊歩道への登り口は少し水量が多かったので、誰かが流木を見つけて来て、橋をかけ、裸足になった男性が水に浸かりながら、女性の手を取って渡してくれました。ほほえましい光景です。
同級生、残りの人生を手を取りながら過ごせればいいなあと思います。

牛牧の駐車場の東屋でお昼になりました。
お昼の弁当は、「道の駅ねじめ」で作った『雄川の滝弁当』です。
綺麗な雄川の滝の写真で包装した、竹の皮の籠には、サネンの葉っぱが敷かれ、その上に三色のおにぎり(白ご飯、高菜、おこわ)に、煮しめや竹の子、ガネ(かき揚げ)などが添えられ、同窓会に相応しい、懐かしさが染み透る弁当でした。
「道の駅ねじめ」さん、有難う。

弁当を食べながら、中学時代、牛牧集落から、学校まで6キロの道のりを毎日通っていた牛牧光男君が、当時を偲びながらこの周辺ことを話してくれました。
(牛牧集落は洪水やがけ崩れで、他の地に移転しました。この下流の北川内集落と南川内集落とともに今はもうない)
同級生ではないが、田舎大好き人間の同級生のご主人も同行され、皆さんにご一緒出来たこと感謝されました。
この様に、自分の連れ合いを同窓会連れて来るのもいいかもしれませんね。

先の牛牧君は、東屋の直ぐ上の、かつて実家があった場所を訪ねて、感慨深げに写真を撮っていた。

わずか三時間程度の遠足ではありましたが、素晴らしい時間を過ごすことができました。
帰り道、北川内集落の人の住んでない一軒家の庭先には、沢山の実をつけた柿の木がありました。
柿の実のように、故郷根占の将来が、実り多いものになりますように。
その後、亡くなった同級生の仏前へのお参りや、実家のお墓参りに行きました。
亡くなった同級生の仏前では、熊谷市でお寺の住職をしている長崎健治君が、供養のお経を上げてくれました。

下をクリックすると、根占中学校三十七年会が作った唱歌集がご覧いただけます。
雄川の滝遠足 懐かしの唱歌集