「ねえ!!大川新かっこよくない?」
帰り際に訪れたファーストフード店でポテトを口に運びながら、玲奈が言う。
「うん。カッコイイよね」
「あたしは隣の中学だったヶど、うちの学校でもカッコイイっていわれてたよ」
揚げたばかりのポテトを口にくわえ、裕子ちゃんが答えた。
初耳だった。あたしは、大川新の存在はもちろん、名前すら聞いたことがなかった。
恋愛に興味がないといえば嘘になるけど、他校の生徒の噂話に耳を傾けたことは今まで一度もなかった。
「あずは大川新のことどう思う?」
玲奈があたしの目を見つめる。真っ黒で、まっすぐな瞳。
「あ、うん。いいんじゃないかな」
自分でもよくわからない曖昧なことを言った。
他に言うべき言葉が浮かんでこなかったのだ。
彼を思い出すのが嫌だった。性格には、苦しかった。
彼のあの哀しい瞳を思い出して、自分も切なくなる。
ぎゅっ、と。
ぎゅっと、胸が締め付けられる。
「狙っちゃおうかな」
玲奈は、小動物を狙う肉食動物のように、ニヤリと笑う。
それからすぐに、「みんな取らないでね」と続けた。
その時一瞬見せた玲奈の顔があまりにも怖くて、あたしはドキリとしたけど、陽菜や裕子ちゃんは何も気づいてないように笑っている。
「カッコイイとは思うけどタイプじゃないし、がんばりなよ」と、陽菜は玲奈の背中をおす。
裕子ちゃんは年上の彼氏がいるらしく、大川新にはまったく興味がないらしい。
「ねぇ、あず。約束してよ?」
玲奈はもう一度、今度はあたしの名前を呼び、あたしにだけ言った。
「大川新のこと、絶対好きにならないで」
あたしに、だけ。
「大丈夫だよ。がんばってね!応援してるから」
あたしの口が
あたしの声で
間違いなくそう言った。
友達の好きな人、大川新。
あたしと同じ名字の、大川新。
突然、扉の開く音が響いた。
ざわついていた室内が一瞬にして静まり返り、視線が一気に開いた扉の先に立つ彼に集中した。
「何かあったの?名前は何かな?」
堂々と扉から入ってきた彼に、島田は怒ることもなく穏やかに問いかける。
「大川新(オオカワアラタ)」
あたしの耳にかろうじて聞こえる声で彼が言った。
大川新・・・。あたしと同じ名字“大川”。
名前だけ答えた彼はそれ以上なにも話さずに、初日から踏み潰した上履きを引きずりながら、あたしの後ろの席に腰掛けた。
上履きが可哀想だ、なんて余計なことを思った。
「雨が降りそうだ・・・」
席に腰掛けると同時に独り言のようにそう呟いた彼の言葉を、あたしは聞き逃さなかった。
だってその声が、あまりにも悲しそうだったから。
「雨、嫌いなの?」
気づくとあたしは振り返り、彼にそう言っていた。
彼は一瞬驚いたようにあたしの顔を見て、フッと笑ってこう答えた。
「俺、雨は嫌いなんだ」
深い意味なんてない。
新の独り言に、あたしが一方的に答えただけ。
だけど、そのときに見せた彼の瞳に映った哀しみの色は、あたしの心にいつまでも残った。
「だりー」
「早く帰りたいね~」
至るところで飛び交う愚痴。新しい学校に、新しい友達。
あれから陽菜のおかげで何とか新しい友達と会話することができた。
まだきっとぎこちない。だけどそれは時間が解決してくれるはず。
このままうまく溶け込んで、充実した高校生活を送りたい。
相変わらず島田の話を聞く人はいない様子で、何度も汗を拭く島田じ対して、「キモイ」という言葉さえ聞こえてきた。
あたしは何も聞いていない、聞こえないフリをして、結局強く降り出した雨の粒を見つめて目を閉じる。
やがて島田の話は終了し、ガタガタと椅子を引く音がして一日が終了した。
「あず!帰ろう」
裕子ちゃんと並んで、陽菜があたしを呼ぶ。
「あたしも一緒に帰っていい?」
あたしの横からそう言ったのは、玲奈。
「うん!みんなで帰ろうよ!」
陽菜はうれしそうに笑う。
あたしは中身の入っていない薄い、だけどピカピカのカバンを手に取ると、静かに席を立った。
立ち上がると、ほのかに香水が香る。かいだことのない、爽やかな匂い。
沖縄の澄んだグリーンの海を想像させるような、いい香り。
それはあたしの後ろの席から漂っていて、彼が席を立ったことを意味していた。
「雨、やっぱり降ったな」
彼は無表情にそう言うと、あたしの返事も待たず教室から消えていった。
“どうして雨が嫌いなの?”
彼に訊いてみたかった。
あの瞳が、浮かぶ。哀しくて、とてもきれいな瞳。
あたしは小さくなる彼の背中に、聞こえないような声で「バイバイ」と行った。





