偽物語 コンプリート DVD-BOX (全11話, 275分) ニセモノガタリ 西尾維新 アニ.../作者不明

¥価格不明
Amazon.co.jp

これまでこの『物語シリーズ』ってのをなんとなく食わず嫌いしいたわけだが、ようやく最近になって見て見た。そうすると、物語の筋書きとしては拍子抜けするくらいに普通のハーレム系ラブコメであって、でその枠内で猛烈なテンポで言葉遊びをするものだった。たぶん、原作はイラついて3ページで投げ出しそうなくらいしょうもないラノベなのだろうけれども(偏見)、いやだからこそアニメ化すると面白いということもある、というかそれが大多数だ。

 それで、そんなしょうもないはずのラノベ原作のアニメを見ていて、自分が何年もかけて築き上げたと思っていたものにあっさりと主人公たちが悩み、それと対決していくのを見て、そうか自分はせいぜいこんなもので、誰もが持つような超普通の「変わった」物の見方をしていただけなんだなと、再認識するわけだ。

 で、「化物語」の続編「偽物語」でテーマとなるのが性善説と性悪説。あるいは「本物と、その本物と区別のつかない偽物、どちらにより価値があるか?」という問いかけだ。といっても、それがずっとテーマになっていたことに気がつくのは、それぞれの「かれんちゃん」と「つきひちゃん」の物語の最終話になってからなのだけれども。

 主人公阿良々木暦君には、中三のかれんちゃん、中二のつきひちゃんという二人の妹がいて、彼女らは「ファイヤーシスターズ」を名乗って「正義の味方じゃないよ、正義そのものだよ」との言い分のもと、町の平和を守っている(らしい)。でも、ある日、「でっかいほうの妹」かれんちゃんが返り討ちにあってしまい、暦くんはかれんちゃんを助けるため、貝木という「ゴーストバスター」との対決に挑むわけだ。
 で、その前に、病でぶっ倒れているはずのかれんちゃんが、勝手に一人で貝木を倒しに出かけ、それを止めるためにおにいちゃんは走る。

「お前らは正しい、だけど正義じゃない。正義はいつも勝つ、なぜならば強いからだ。お前たちは弱い、お前たちがやっているのは、ガキのままごとだ」なんてひどいことをいって、兄弟喧嘩

そこで、こんな風に言い合いをする。

お前たちはいつだって他人のために動いている、誰かのために動いている。そこにお前たちの意思はない。
他人に理由を押し付けて、それでどうやって責任を取るというのだ。

お前たちが敵視するのは悪ではなく、悪役だ。

自己犠牲ではない、自己満足に甘んじる覚悟がないのならば
正義など大仰な言葉を口にするな

かれん「自己犠牲の何が悪い・・・」、

暦「悪いなんて言っていない。
劣等感と一生向き合う覚悟があるのならば、たとえ偽物だろうとそれは本物と一緒じゃないか。


と、つまり暦くんは正義の味方ごっこをするファイヤーシスターズが自分の身も顧みずに危ないことをしていることに怒っている、切れている。そして、彼女らが「偽物」であることを、大人気なくも突きつけてしまう。でも、暦くんがそんな猪突猛進型の彼女らを叱るのは、他でもなく、自分がそうだからだ。「僕が助けたんじゃない、お前が勝手に助かっただけだ」と口癖のようにいう暦くんは、目の前で怪異に襲われる人をほっとくことができず、というかわざわざ首を突っ込んで、何百回殺されても(ほとんど不死身なもので)助けに行ってしまう。だからこそ、暦くんは「誰かのために」という口当たりのいい言葉のもとに行動選択の責任を放棄し、自己犠牲のいう響きのいい自己満足のぬるま湯にいる妹たちに厳しい、厳しすぎる。
 でも、行動としては暦くんとファイヤーシスターズは一緒だ、その実「強さ」もそんなに違わない。それでも暦くんが、ファイヤーシスターズがかなわなかった相手に勝てたのは、暦くんが「自分は偽物で、自分は好きだから勝手に行動し、「意思」の力によってのみ、本物のようである」ことに意識的であるからだ。
 あれだな、フェイトでオレンジ色の髪の少年をタコ殴りにする銀髪の男を思い出すな。

それでもって、「ちっちゃいほうの妹」つきひちゃんは、もっともっと本質的に偽物だ。
つきひちゃんを殺そうとするゴーストバスターたち(なんかあれだな、最終話でかくれんぼとかしそうだな)との決戦で、性善説と性悪説の話になぜかなる。

暦くんが自分の「意思」について演説をぶっていると、「それは性悪説だな」と、
偏差値46?の暦くんはわからない(というか視聴者にむけて説明するために)、
そんなわけで性悪説の説明がはいる。孟子の性善説に対して荀子の性悪説、人間の本質は欲望であり、もし人が「善」をなしているように見えるならば、それはすべからく「偽善」、つまり「人為」によるものだ。
そして面白い問いをする。

本物と、本物と区別のできない偽物、どちらのほうが価値があるか
貝木「偽物の方が圧倒的に価値がある。そこに本物になろうという意思があるから。」


というわけで、暦くんは知らずして、性善説のファイヤーシスターズを、性悪説の論理で鍛え上げ、世の中の荒波を自分の助けがなくとも生きていけるように手助けしていたのだなあとなる。

 わりと世の中にはあまり深く考えることなく、自分たちの側に対しては性善説を適用して、それ以外には性悪説を適用するというダブルスタンダードを用いる人が多いんだけれども、それは「自分たちはなにもしなくとも善であり、他の人たちは「教育」することによってしか善へと導かれない」っていうすっごい傲慢な見方へと向かってしまう危険性があると思う。
 だから性悪説に根ざした暦くんの毒舌、正義の味方批判は、正義をなそうとしている人を批判したいんじゃなくて、その逆で自分自身に性悪説を適用することでいかに正義をなそうと試みることが難しいか問い続けながら、それでも1秒1秒常に「正義をなそう」と意思しつづけることでしか正義をなせない!というとてもストイックな姿勢なわけだ。
 つまりあれだな、僕がムカつくのは「私はすでにして正義です、よって私と同じ意見を持たないあなたは不正義です」って態度を取る人たちなんだろうなあ。そういう意味で僕は自分が正義だと「信じ込んでいる」人を信じることができない、と言ったりもするのだろう。それは別に僕が正義を信じていないからではなく、彼らが、暦くんがファイヤーシスターズに課し、アーチャーが衛宮士郎にぶつけた試練を、果たして乗り越えた上で正義、善を語っているのだろうかと疑問に思うからなのだろう。