『パリの農夫』 ルイ・アラゴン | とある文学徒の日常
- パリの農夫 (シュルレアリスム文庫)/思潮社

- ¥2,520
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大学の授業で、一年かけて10ページちょっとしか進まなかった本。そのあまりの難しさに非難轟々だった。
この本はあらゆる点で読みにくい。幻想的な話と、超即物的な話とか混合されている。現代生活の中に神秘を見出す。パリのなかに神秘を見出すシュルレアリスト、アラゴン。失われゆく古き良きパリを懐かしみつつ、消え行く風物を語ることで神秘を見出す。プルーストとかもそうだが、消え行くものでないと彼ら詩人の共感を得ないのか?(あ、詩人ってのは広い意味で)
大衆迎合を嫌うってのは、ふとした拍子に、超大衆迎合的態度になってしまう。紙一重。
で、ここで何が語られるかというと、パリを縦横無尽に走る、走っていた、パッサージュ。いうならばアーケードですか。日本の商店街との違いは、建物の内部に、ガラス張りのアーケードとして存在していたこと。内部でもあり、外部でもある。この『パリの農夫』の数年後にベンヤミンが『パサージュ論』っての書いている。読んでないけど。
シュルレアリスムってのは、自ら美を作るというよりも、そこにもともとある美を指し示すものかもしれない。アラゴンが本書でやっているのは、少なくともそれ。巨大デパートの進出に伴い、消え行くパッサージュに、神秘を見出す。彼が注目し、神話的に語りなおすのは、門番夫婦であり、連れ込み宿であり、カフェの常連。なんの変哲もない、市井の人びと、風物を神秘的に捉え直す。それこそが、20世紀の美の一つの主流なんだと思う。

