カフカ短篇集 (岩波文庫)/岩波書店
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カフカってのは深刻ぶって読まれている作家。で、今までぼくはカフカを深刻ぶって読むのを馬鹿にしてきた。『城』とかは、とんでもなく面白い、抱腹絶倒の小説。そんなに深刻ぶらずに、カフカの面白さを堪能したらいいのに・・・なんて、思ってたわけです。

ところがどっこい、短篇を読んでみると、カフカの印象がだいぶ変わる。ただひたすらにおそろしい。うわ、殺される、なんていう低レベルな恐ろしさではない。カフカは人間を動物レベル、あるいはそれ以下にまで解体して、人間っていう存在の惨めさを衆目にさらしちゃう。
これが城とかの長編だったら、一個の完成した世界の中に入ると、その不条理さがあまりにも面白いので、深刻ぶった人たちをかわいそうに思いながら笑いこけることが出来るのだが、短篇になるとそうもいかない。
短ければ短いほど、その世界に入り込むのではなく、今自分がいるこっちがわの世界に両足を残したままで、あっちの世界を覗くかたちになる。だから、恐ろしさを自明のものとして受け入れたうえで、小説を楽しむのではなく、なんかごつごつした何かをそのままぼてっとぶつけられてしまう。

カフカ読解にはたぶん数段階の階梯があるように思う。まずは深刻ぶって、「ホロコーストの予兆が・・・・」とかよく分からないことを言っちゃいながら読む。で、カフカを深刻ぶって読むことがダサいと思うようになって、大爆笑しながらカフカを読むようになる。その後、カフカの本当の恐ろしさに気付いたような気がして、背筋が寒くなる←今ここ
で、その後、カフカの文体上のとんでもない面白さで、ニヤニヤするんだと思う。(某独文教授がそうだとか、なんとか)

と、考えるとカフカってのは試金石。自分の文学作品読解の力、段階、あと年齢とか、いろいろ測れそう。だから、最近強く思うのが、文学作品を読むってことは強く現実生活を揺り動かすことは事実だが、また一方で現実生活こそが、文学作品読解の基礎であるってこと。

カフカとかって小学生のころから、今にかけて断続的に読んできているような気がするが、あんまに早くに読むのが、いいのか、勿体ないのか、よく分からない。たぶん、小学生ぐらいだったら、「ローマ人の物語」とかそういった安全な書物を読むべきだと思う。いわゆる古典ってのの、適切な入門年齢ってのは果たしてあるんだろうか。