ついに長く続いたこのシリーズ
『芸術におけるわが生涯』も終了です
スタニスラフスキーさん お疲れ様です


芸術におけるわが生涯〈下〉 (岩波文庫)/スタニスラフスキー

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さて

俳優としてのスタニスラフスキーはほぼ完成に近づいた

今度は自らの経験をいかに演劇システムにまで昇華させるか

これがつらく嶮しい道であった



公演を システム実践の実験に変えてしまったスタニスラフスキーへの風当たりは厳しくなる

周りから見るとむしろスタニスラフスキーは退化したと見られてしまう


また、演劇全般における検討も続く

幕をどうするのか

絵は

照明は



そして最終的に

良い俳優がいなければそれらのものは意味がない と


その他にも

発声についての考察など
演劇を志す人にとっては興味深い話であろう話がつづく





しかし、
芸術は潰される


突然の世界大戦

それに続く 革命 ソ連 そして粛清


スタニスラフスキー率いる芸術座も存在意義を見つめなおさざるを得なくなる


昨日までの観客が去り

今日からのお観客は配給の切符で来た農民たち


それでも芸術を見せていこうとするのか?
いやしかし、より啓蒙的な内容にシフトしていかざるを得ない


他の劇団は
民衆に芸術が分かるわけがないと 粗品乱造

スタニスラフスキーの芸術座も被害を受ける







そしてなんとかロシアを抜けてのアメリカ公演旅行
この後
本書が書かれる





人生の終盤を迎え
一途に芸術のことだけを考えていればそれでいい時代は終わった

ソ連当局の目を気にしながらの公演、そして出版


これほどの芸術をおそらくソ連は潰したのだろう














最後にスタニスラフスキーの真髄とも言える考えを


「俳優の仕事の十分の九、問題の十分の九は、役を精神的に感じ、それに生きることにある」p.250

「才能が大きければ大きいほど、それはますます多くの仕上げと技術を要求するものです」p,251

「もし君が10万フランの技量を持っているのなら、もう5スーだけ買いたまえ」byドガ p.252



一見スタニスラフスキーの思想は精神論的に過ぎるようにも思える。しかし、その前提となっているのは圧倒的な鍛錬なのである。
才能も練習もせずに、インスピレーションを得ることだけを待っている俳優たちを彼は痛烈に批判する。才能がある人は、それに見合った努力をするのである。「名人芸を必要としないような芸術はない」p.252 のである。だからこそ、技術はどれだけ高くてもそれで十分という基準がない。



精神論を語ることが出来る人は、誰よりも技術を極め、だれよりも練習した人だけなのだ。そうでなければ、それはただの怠慢である。