小学6年のある日、学校で行う尿検査に引っかかった。

血尿とタンパクが出ていた。

近くの町医者で直ぐに血液検査をしました。

1週間後結果を聞きに行った。

腎臓の機能が低下しているとの診断だった。

そこから3ヶ月に一回血液検査をして経過観察と、一切の運動を禁止されました。

学校にもその事を伝えると、サッカー部だった私を、囲碁将棋クラブへ移動させました。

3ヶ月後の血液検査で慢性腎炎ですね。ただこの病気の治療にあたり、大切なことは原因を掴む事なんです。そのためには腎臓の生検が必要になります。との事でした。

母はどうしようか迷いながらも、生検をして治せるのか治せないのかが気になっていたようで、何度も先生に聞いていました。

先生は治るか治らないかではなく、病気の進行を食い止める事が出来るかも知れない。その手立てを見つける検査です。と答えていました。

母は11才の私にどうする?とききました。

もちろん嫌だと答えました。日常生活に不便はこれっぽっちもなかったのと、恐怖とで。


中学に入る頃には少しずつ進行しており、3種類位薬を服用してました。

体育は全て見学。やっていいのは行進と軽い駆け足程度で、よくグランドに石灰で線を引く係をやっていました。

体育の見学は動きたい年頃もあり、非常に辛かったが、それ以上に体が弱いという事でいじめの標的にもなっていました。

やられたらやり返せ!男兄弟ばかりの母の口癖でした。

体育を休まないといけない割りに意外と体力も腕力もあり1対1だといい勝負になるんです。

ただ周りの連中が、体育休んでる奴が喧嘩で暴れているのはおかしい、仮病だ!
嘘つき!という流れに発展して行きました。

嘘つきに友達って出来ないんですよね。

ヤンキーグループから目をつけられ毎日のように殴られてました。
誰も助けてくれません。

そもそもうちの中学は地区で下から2番目にガラが悪いと評判で、ある日登校すると窓ガラスが全部割られてたり、授業中もバイクの排気音で呼び出しをしているのか、不良グループが教室から出て行くような学校でした。

弱い奴から何十万とカツアゲしてる奴もいたし、かなり問題になっていました。

よく生きて卒業出来たなって。腎臓弱いみたいだけど、体格に恵まれ少々殴られても怪我しない体に産んでくれてありがとうと常々母に感謝してました。


高校選びは非常に重要でした。

問題を起こす不良グループの行き先が、国語のテストで最初に出てくる漢字3個書けたら受かるって言われている市立の高校でした。そのかわり専願と言ってそこしか受けませんという条件付でした。

私は自転車で通えるという条件だけで、その市立を滑り止めで受け、本命も受かり、晴れて不良グループとおさらばする事が出来ました。

高校では中学でのいじめの経験を医師に相談し、どうなってもいいから体育やらせて欲しい。許可して欲しいとお願いしました。

医師は、持久走のような走りつづけるのはダメです。ラグビーとかサッカーもキーパーだったらいいとか色んな条件をつけて許可してくれました。


許可の範囲で活動していましたが、やはり病気は進行するのです。


続く