歌い手のかけこみ寺になっていて、
「◯◯日が本番なんです
」と伝えると、
」と伝えると、「間に合うか自信はないけど、できるだけのことはするから。」と治療して下さいます。
夜から高熱が出ましたが、12時間くらい寝たら下がりました。
喉の炎症がひどく声が出ないので、今週の教室、カルチャーセンターは全て休講にさせていただきました。
生徒さんにはご迷惑をおかけして申し訳ありませんm(__)m
早く回復するように、ゆっくり体を休ませようと思います。
20日のコンサートで星野富弘さんの詩による歌曲を歌うので、本を何度も読んでいます。
息をしていることも、手を動かせることも、歩けることも、当たり前のことと思って生きていますが、どんなに有り難いことなのか思い知らされます。
でも、体が不自由なことが「かわいそう」なのではなく、「かわいそう」と思われることが「かわいそう」なのだといいます。
あとがきに こんな文章が書かれています。
「人間が生きているということは、なんと、ひと枝の花に似ているのでしょう。」
元気な時には気付かなかった花の美しさ。
咲いては枯れていくだけではなく、実をのこす。
私は星野富弘さんの詩による歌曲が好きでよく歌うのですが、そういうことを理解していなければ絶対に歌えない(伝わらない)歌だと思います。
「心をこめて、ごまかさずにかいた絵の前では、人は長く立ちどまり、熱心に見てくれました。」
音楽も絵も、なんでも同じ。
どれだけ魂を込めたかは必ず伝わる。


