老人ホーム医者の戯言
Amebaでブログを始めよう!

福祉という仕事について。

私は、福祉という言葉は偽善者ぽくって好きではない。福祉だから何なんですか?って。


最近老人や障害者福祉施設で虐待やら何やらでいろいろ騒がれているみたいですが、私の今までの経験上の独断でモノを言えば、福祉施設の職員というのは、そこに入所している人より不幸な人が多いのではないか?と思うことが良くある。


自分より弱いものを見て安心するパターンというやつです。


こういう仕事は、自分が充分に満たされていて幸せな人がやるべきではないかと思うのだが・・・・。

現実的には心のケアーを受けなければならないような満たされてない人たちがウジャウジャ居るような・・・・。


そういう人に限ってなぜか「福祉」という言葉が好きなんだよなー・・・・。


自分が幸せじゃないのに人を幸せになんかできませんよね・・・・。

初ブログ

今日からブログをやってみようと思います。某老人ホームで内科勤務している30代のオヤジです。大学病院で10年以上勤務した上で最先端の医療には興味をなくし、老人医療をやってみようと転職しました。イメージとしては‘老人医療なんて’と思われる方が多いと思いますが、これがナカナカどうして、大学に居たときよりずっと刺激的で充実した毎日を過ごしております。ここでは、そんな私の日々日常を書いていこうと思います。


今日のお題「ホームで死ぬということ」


大学に居た頃は、自分の受け持ち患者が亡くなるということは、比較的稀な出来事だった・・・しかし、老人ホームとなるとそうはいかない。なぜなら、日本人の女性の平均寿命は86歳、男性は78歳となっているのに、老人ホームにはそれ以上の年齢のひと(90代)がゴロゴロ居るからだ、とくに、冬場は大変だ。この10月~12月の間に6人の方が旅立たれた。うち、3人をホームで看取ったのだが、殆どの人は病名の付けようが無い。この年齢まで生きた人の最期というのは非常に穏やかな場合が多い。大学に居た頃は老衰なんて病名は野蛮だと思っていたが、まさにこの老衰という病名を使わざる得ない人が居ることがはじめて分かった。みんな最期は食べれなくなって、点滴をするのだが、ここでご家族と相談し病院へ入院して胃瘻とかの処置をするか等を決める。ご家族の中には‘老人ホームで死ぬなんて体裁が悪いから病院へ入れてくれとか’とんでもない事を言う人も居る。いちおう、こちらとしては、イロイロな選択肢を用意してご家族に選んでもらう形にしているが、印象としては、回復の見込みは無く最期がほぼ分かっている方についてはホームで看取ってあげるのが本人にとっては一番幸せだと思う。介護保険においては看取り介護について算定できるようになったが、まだ問題もある。老人ホームでは夜間は医者の当直は当然無い。けれど、もしホームで看取ることになった場合は、夜間患者さんが息を引き取った時にはその時点で医者が死亡確認をしなくてはならない訳で、そのときは呼び出してもらうことにしているが、これに対してなんら手当てがあるわけでは無い・・・。そういう意味では毎日が当直みたいな状態で老人ホームの医者とはいえ、なかなか大変である。国は、療養型病床を減らし、看取りもなるべく施設や自宅ですることを勧めていく方針のようであるが、現実的には日本では80~90%の人が病院で亡くなられている。最期は病院でというのがほぼ常識になっている現状において、これを変えるには看取るということに対しての国民の意識改革とともに、医師法を改正して看取りにおける死亡確認の特例とかを作るとか、もっと積極的な姿勢が必要だと思うのだが・・・。