朝起きて

「今日はメンチカツ!」

と思ったので早速お肉屋さんに行く。

商店街中ほどのイチハラ精肉店。

イチハラ精肉店の名のとおり、本当はイチハラさんなのだけど、

ここのご主人のことを私は勝手に「ニコさん」と呼ぶ。
心の中で。

どことなく、ニコラス・ケイジを思わせるから。

弱い感じのニコラス・ケイジ。


あ、まただ。

ニコさんはすぐに謝る。

注文の声が小さくてグラム数を聞き取れなくても、

小さな女の子に赤いお肉が怖いと言われても、

肉ばかり食べて太っちゃったわと言われても、

謝る。

この間くしゃみをしたおばさんにさえ

「すみません」と謝っていた。


私は中学の頃、
ニコさんの次男坊と同じクラスだった。

Jr.もよく謝る奴だった。

先生にも友人達にも、
近所の小学生にも。

だからよくパシリにされていた。

当時バリバリの学級委員だった私は、あまりにも情けないその姿に

問いただしたことがある。

どうしてもっと堂々と男らしく、毅然としていられないのかと。

Jr.は一瞬すごく面倒臭そうな顔をして言った。

「家訓なんだ。」

家訓?

聞けばイチハラ家には相当の面倒臭がりである父親が(ニコさんが)作った

『出来るだけ無駄な力を使わないための家訓』

があるのだそうだ。

中には

・動く前にまず冷静に考えること

・焦っても何も進展しない

など前向きなものもあるのだけど、
たいていは

・話を聞いていなくても相槌は適度にすること。

・目上の人には逆らわず、目下の人には慕われすぎないようにすること。

などというような消極的な処世術ばかりなのだそうだ。

そしてその中にある

「自分を責める振りして許しを乞え」

を自分は忠実に守っているのだと。

私は呆れるより先に感心した。

これまでJr.の発してきた「すみません」にはひとつも感情はこもってなかったのだ。

それ以上面倒臭い事態に陥る前に、場を収束させてしまおうという単なる手段でしかなかったのである。

「だってどうでもいいことなら謝っちゃった方が早いだろう。」


そしてはにかみながらJr.はこう言った。
「だから父ちゃん、母ちゃんにはめったなことじゃ謝らないんだぜ。」


…ごちそうさま。


ああニコさん、今日もメンチカツが美味しいよ。

今でもニコさんは奥さんと、そして自分の店のお肉にもきっと謝らないんだろう。