中学生くらいまでは、勉強と運動のどちらかが出来れば、わりと自信を持っていられると思う。そしてどちらもそこそこ出来たそのときの僕は、新たにやるべきことが見つからなかった。
北陸の片田舎で生まれ育った僕は、「都会に行けば、自分よりも頭のいい人や、斬新な考え方をする人に会えるはず」と漠然と思い、その日を夢見ていた。そしてそれまでの日々はどうせたいして面白くなりそうもないから、適当にこなそう……そう考えてしまった。3年間もあった高校時代、ずっとそう考えて過ごしたのだ。今思えばぞっとしない。

高校に入学し、とにもかくにも、卒業後は東京かせめて大阪に行きたい、という望みははっきりしていた。そしてそのための大義名分としてもっとも適当なのが大学進学だった。自分が社会に出て影響力を持つためには、田舎の何の取り柄もない人間では、いきなり都会に出ていったところで相手にされまい。それならせめて何か武装すべきだ、と考え、ブランド校の学歴を手に入れる、というのが一番妥当な選択に思えた。国立なら親も反対しないし、私立にしても偏差値が高い大学ほど学費は安くなる傾向がある、ということを発見した。こうして、高校時代にやるべきことは決まった。受験勉強一本。「部活はやったほうがいい」という助言も頂いたが、僕は都会に行くことで頭が一杯で、それを邪魔しそうなものはすべて排除しなければ、と思っていたから、結局やらなかった。今思えば、少し真面目すぎるというか、堅物すぎる、自分の本来の性格とは相容れない決断であり、この決断がのちのちまで自分が悩み続けた原因の一つだったかもしれない。


とにかく、親に金の迷惑はかけられない。この思いが強かった。弟が四歳違いで、大学の学費は負担が大きいから、弟と在学期間が被ると辛い、だから浪人は許さない、というお達しがあった。現役で、なるべく国立の大学、自分の希望によれば都市部の大学で、なるべく金をかけずに田舎で受験勉強をする、という選択肢しかなかった。

勉強したい内容は、経済学とか経営、心理学だった。そしてこの興味は今も衰えていないことに気付き今、驚いてしまった。
高校時代にそういう分野を掘り下げることも出来たはずだが、そうしなかった。とにかく受験に成功しなきゃ、その思いで頭が一杯だった。失敗は許されない。過度のプレッシャーを自分にかけていた。

───(続く)