今月 七才になる息子
7年前
13年ぶりの出産は 安産で
息子が私の オマタからスポッと出たとたん
《もうひとり いけるかも》
と思えるくらい私は 元気だった
入院中は シェフが作る豪華な食事に足のマッサージ
シャンプー ブローも美容師さんがしてくれた
こんな快適な入院生活も5日間で終わり
娘たちを生んだ頃は一週間だったはず
赤ちゃんも一緒に退院というのが 基本普通であるけど
息子は 体重が順調に増えないのと
黄疸が 出ているということで
家には 私 一人で帰ることになった
自宅の玄関に入ったとたん
涙が ポロポロこぼれる
どんなに こらえようとしても
止まらない
終いには しゃくりあげるほど
私は 泣き続けた
マタニティブルーだった
そんなものに なるわけがないと思っていたお気楽な私は
そんな 自分に戸惑ったものだ
七年たち
息子は ちっちゃく生まれたのに でかくて元気!
ある日
学校に ばあちゃんの写真がはってあるんだけど なんで?
と聞いてきた
同居している夫の母のことである
ばあちゃんは 小学校に手話を教えに行ってる先生なんだよ
と 教えてやると
息子は 嬉しそうな顔をした
義母は 生まれた時から耳が聞こえない障害を持っている
それでも 日常生活は 普通にこなし手話を教えたり 絵を書いたり
陶芸をしたり 趣味もたくさん持っている
同居して
嫌な思いをすることもあったけど
息子が生まれたことで
義母は 私に嫌みを言うことがなくなった
息子は 今 手話に興味を持ちはじめている
君が いてくれるから
お母さんは 何だって頑張れる
(*^^*)
